麒麟

「宇宙人と人間との子は、平民としてよいと思うかい。」


 隣の友人に祖国の言葉で尋ねると「黒人差別のメタファーにはナンセンスだ。」とだけ答えられた。彼はそもそも宇宙人には石を投げつけるべきと考えるのだろうか。灰皿を容器にしたミックスナッツを抓みながら、そんな話はしていないと咎める。彼も私もエトランジェであって、この一杯のウイスキーを頼むのにさえ苦労したのだから、私情を投射する理由はあるが、酒というのはそれだけではさもしい。決して政治の行く末を語るような低俗な話題ではないのである。


「宇宙人が居ると仮定して、その世界を真剣に考えることが肝要なんだ。フィクションを現実の置換だとしか捉えられない類の人間は、高々現実程度の喜びしか知り得ない。つまりは真っ当な人間じゃない。」


 エリック・クラプトンの名盤に気を取られながら、彼は億劫そうに大きく息を吐いた。大袈裟に座り直してから、レスポールの雄叫びとは裏腹な低い声で、仕方なく私に質問する。

「そいつは俺ら人間と同じ見た目をしているのか。」

「ああ、そうだ。誰も宇宙人だとは判らない。」

「白人なのかい。」

「……やめる。緑色の肌だ。」

「そんな奴と子を成したいという人間が居るだろうか。」

「好きになった相手が、たまたま緑色の肌をしていたら受け入れるしかない。」

「そのロマンチックな感性はノイズだな。あんたも今、宇宙人のフィクションをご両親の恋物語にでも当て嵌めているんじゃないかい。」

 多少思い当たる節があって言い淀んだ。私は母の国で生まれて、生まれた瞬間から異邦人である。さらに、金を貯めてこうして父の国にやって来たところで、変わらずエトランジェであった。ただし、彼はトリップとして疎外感を楽しみ、祖国に帰れば存分に平凡を享受できる。未だ形の定まらない宇宙人への憐憫が、熱い涙となって溢れた。

 カウンターに突っ伏した私に「飲み過ぎだ。」と静かに苦笑し、グラスの氷を一度回す。しばらく黙っていてもよいと感じられる音楽があってよかった。


「あんたこそ、物語に出てくる妖怪やアンドロイドや異世界を、余所者の同型としてしか読めないんだろ。自分が一番気を揉んでいるから、そうやって拒絶する。だけどさ、別に悪いことじゃない。あんたらしい読み方であって、あんたらしい味わいになる。書いてあることのそれ以上を自分事として受け取れるのは、あんたの言う真っ当な人間がする生の歓楽じゃないかね。」


 彼は慰める調子でもなく、独り言みたいに目を合わせないまま話して、私の応答がないと見ると呆れた調子で続けた。

「宇宙人は周りの人種に化けられる。それで満足か。」

「ああ、その方がよい。」

「そうしたら、あの女だって宇宙人かもしれないな。」

 顎で示された、斜向かいに座る下品な飲み方の金髪女を見る。乳房の形もよく顔も悪くない。彼女が異邦人として私たちの祖国へ訪れたなら、私の知る冷ややかな視線とは反対の熱視線を浴びることになるだろう。実際、私は目を奪われているし、人種の違いに好ましい印象しかない。

「私は宇宙人というのに憧れがある。浪漫の結晶だと感じるんだ。私たちが知らないだけのものを勝手に宇宙人だと名付けて、むしろ崇めるように褒めそやすなら、それも悪くない気がする。」

「あんた、そういう伝説上の生き物でありたいのか。」

 女々しく泣いていたのが嘘のように元気になって、そういう世界も面白いとキリンみたいな高血圧で宇宙人が身近に居る想像をした。

 私たちが舐め回すように見ていることに気が付いた女は、高飛車な態度のまま知らぬ言葉を捲し立て、こちらに向かって来た。最初は誘っているのかとも思えたが、どうにも口汚く罵っているようだった。私もこちらの言葉が通じないのを嬉しく思って「私の女になりたいなら、一度くらい抱いてやってもよい。」と謝る調子で言う。首を傾げて去っていく女を無視して、友人とは朝まで宇宙人の設定を練った。

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