第7話 山の主と四人の仲間

「……山の、主……ですか?」


 グラン師匠の言葉に、私は息を呑んだ。

 この国の騎士団が逆立ちしても敵わない。それは、あのグラウファング以上の存在だということか。


「うひょー! マジかよ、爺さん! やっと腕が鳴るってもんだぜ!」


 私の緊張をよそに、ボルグが巨大な戦斧を軽々と振り回し、歓喜の声を上げた。


「山の主って、あのデカい岩トカゲのこと? あいつ、めちゃくちゃ硬いんだよねー。あたしのナイフじゃ、傷一つつけらんないかも」


 リナは楽しそうに言いながらも、その目には斥候らしい鋭い光が宿っていた。


「山の主、正式名称『ガイア・ドラケイン』。古代竜の血を引くと言われる巨大な魔獣よ。全身が鉱石質の鱗で覆われていて、並大抵の物理攻撃も魔法も通じない。弱点は、眉間にあるコアだけ。でも、そこを狙うのは至難の業ね」


 エルアが冷静に分析情報を口にする。

 それを聞き、私はゴクリと唾を飲んだ。どう考えても、今の私たちが相手にしていい敵ではない。


「何を怖気づいておるか、小僧」


 グラン師匠が、私の心を見透かしたように言った。


「お前のその剣の力、まだお前自身が全く理解しておらん。真の強敵との死闘の中でしか、見えぬものがある。それに……」


 グラン師匠は、ボルグたち三人に視線を送った。


「こやつらも、個々の力は確かじゃが、まだただの『個』に過ぎん。お前という『核』を得て、こやつらがどう変わるか。それも見てみたいのでな。これは、お前だけの試験ではない。お前たち全員の試験じゃ」


 その言葉に、ボルグ、リナ、エルアの三人の表情が引き締まった。


 私たちはグラン師匠に導かれ、山の頂上へと向かった。

 道中、ボルグは自身の武勇伝を豪快に語り、リナは身軽に木々の間を飛び移りながら周囲を警戒し、エルアは黙々と、しかし的確に最短ルートを確保していく。

 バラバラだ。だが、不思議と不快な感じはしなかった。

 これが、私の新しい仲間たち。

 彼らの足を引っ張るわけにはいかない。私は強く、そう決意した。


 やがて、木々が途切れ、岩肌が剥き出しになった広大な頂上にたどり着いた。

 その中央に、それはいた。

 小山のように巨大な、岩の塊。

 それが、ゆっくりと動き、私たちの方を向いた。ギョロリとした、溶岩のような瞳が二つ、私たちを捉える。

 ガイア・ドラケイン。山の主だ。

 その威圧感だけで、肌が粟立つ。


「グルルルル……」


 地鳴りのような唸り声が、腹の底に響いた。


「いくぜ、野郎ども! 祭りの始まりだ!」


 ボルグの雄叫びを合図に、戦闘が開始された。

 ボルグが先陣を切り、ガイア・ドラケインの足元に巨大な戦斧を叩きつける。

 ガギィン! という凄まじい金属音。しかし、ドラケインの鱗には、傷一つついていない。


「硬えな、チクショウ!」

「ボルグ、下がりな! そいつの尻尾が来る!」


 リナの警告と同時に、岩の塊のような巨大な尻尾が、ボルグがいた場所を薙ぎ払った。地面が抉れ、土煙が舞い上がる。


「危ねえ危ねえ!」

「動きが鈍重なのが救いね。レオン、あなたは動かないで。まずは私たちが隙を作る」


 エルアが私に指示を出し、背中の弓を構えた。

 放たれた矢は、正確にドラケインの眉間へと飛んでいく。

 しかし、矢はコアに届く寸前で、不可視の障壁のようなものに弾かれてしまった。


「魔法障壁まで張っているの……厄介ね」


 リナがドラケインの巨体を駆け上がり、コアを直接狙おうとするが、全身から放たれる熱気と、時折噴き出す蒸気に阻まれて近づけない。

 ボルグの攻撃は通じず、エルアの矢は届かず、リナは近づけない。

 完全な、手詰まり。

 仲間たちの顔に、焦りの色が浮かび始めた。


 その時だった。

 私の右手の剣が、今までで最も強く、熱く、脈動した。

 脳裏に、剣の記憶が洪水のように流れ込んでくる。

 見える。

 ガイア・ドラケインの動き、熱気の流れ、魔法障壁の揺らぎ、その全てが。

 そして、ただ一つの、勝利への道筋が。


「―――ボルグさん! 左足に全力の一撃を!」


 私は、自分でも驚くほど冷静な声で叫んでいた。


「おう! 任せとけ!」


 ボルグは私の意図を理解できないまま、それでも指示通りにドラケインの左足に戦斧を叩きつけた。

 その瞬間、ドラケインの巨体が、ほんのわずかに傾ぐ。


「リナさん! 傾いた右肩から、懐へ!」

「りょーかい!」


 リナが、傾斜を利用して一気に懐へ潜り込む。


「エルアさん! 懐にいるリナさんを狙って、蒸気が噴き出します! その蒸気の噴出孔を、矢で塞いでください!」

「……なるほど、そういうことね!」


 エルアの矢が、ドラケインの側面にある噴出孔に寸分の狂いもなく突き刺さった。

 行き場を失った高圧の蒸気が、ドラケインの体内で逆流する。


「グオオオオオッ!?」


 ドラケインが、初めて苦悶の声を上げた。

 体内の異常により、魔法障壁が、ほんの一瞬だけ、揺らいだ。

 その、刹那。


「―――今だ!」


 私は地を蹴っていた。

 一直線に、ドラケインの眉間にあるコアへと向かう。

 仲間たちが作ってくれた、たった一瞬の好機。

 それを、無駄にはしない。


 剣を握る右手に、全ての意識を集中させる。

 これは、私だけの力じゃない。

 グラン師匠の教え、ボルグの剛勇、リナの神速、エルアの慧眼。

 そして、私を信じてくれた、リリアナ殿の想い。

 その全てを乗せた一撃!

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無能と蔑まれた俺、実は伝説の魔剣を抜ける唯一の存在だった件〜追放されたので、隣国の落ちこぼれ王女様と最強の騎士団を作って世界を震撼させます〜 境界セン @boundary_line

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