第2話 列車の終点、カレーの国

列車のアナウンスが流れた。


「次は〜カレーの国〜カレーの国〜。お降りの際は、足元に気をつけて、ナンは1人1枚まででお願いします〜」


「ナンて……」


あのちゃんは思わず口にした。

さっきからずっと車内はスパイスの匂いが漂っていて、喋るフクロウが「チキン派かビーフ派か」で車掌と揉めていた。


「あなた、降りるんでしょ?」


隣の席で、突然ぬいぐるみのような黄色い生き物が話しかけてきた。

耳がナン、尻尾がスプーンのように見える。


「……誰?」


「ぼくは“カリィ”。カレーの国の精霊だよ。案内してあげるから、一緒に降りよう」


「うーん、眠いし帰りたいけど……ま、行ってみるか」


列車が止まり、扉が開くと、スパイスの香りが爆風のように飛び込んできた。

ホームはターメリック色、空はマンゴーラッシー色、建物はすべてナンでできていた。


「うわ、全部カレーの具材……」


「あのね、この国では“記憶”がスパイスとして使われるんだ」


「えっ、記憶が……?」


「人の思い出を煮込むと、すっごく濃い味になるんだよ。でも最近、味が薄くなってきてて、国王が困ってるの」


そのとき、太鼓のような音が鳴り響き、巨大なカレーの壺に乗った人物が現れた。

黄金のターバンを巻いたその男は、優雅な手つきでスプーンを回しながら叫んだ。


「ようこそ、異世界の者よ! わが国のスパイスは力を失いつつある! どうか、あなたの記憶を分けてほしい!」


「……いや、それはダメ。普通にプライバシーの侵害っす」


あのちゃんはピシャリと断る。


「だが、この国は滅びの淵にある。あなたの“恥ずかしい思い出”でも、“黒歴史”でも、“失恋”でも……」


「……黒歴史……?」


あのちゃんの目が細くなった。


「いや、あるけどさ……。昔、ニコ動に中二病全開の歌を投稿して、3再生で終わったって話とか……」


「それだ!」


国王の目が輝いた。


その瞬間、空から記憶のかけらがカレーの具として降り注ぎ、巨大なナンが空に舞い上がった。

街は歓声に包まれ、カリィがにこにこしながら言った。


「やったね! 世界がちょっと、濃くなったよ!」


「うーん、なんか釈然としないけど……ま、いっか。次どこ行くの?」


「次は“ため息だけで動く街”だよ」


「そっちのがもっとダルそうじゃん……」


そうぼやきながら、あのちゃんは再び列車に乗った。

その背中は、どこか誇らしげで――だけどやっぱり、ちょっと眠そうだった。


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