アパートの月夜を彩るかぐや姫と迫りくるローファー

 薄暗い二階からの階段の途中、苦情が出たために無理矢理なぐらいに明るい照明が照らしていた。でもその照明のせいではなくて、もっと幻想的な、月明かりに照らし出された人が立っていた。


 俺は思わず足を止める。


 灯りに照らされても自らの主張を失わない漆黒のポニーテールがおそらくシュシュに束ねられていて、胸の後ろぐらいまである。

 その髪が金木犀の香りを含む微風に揺れ遊んでいる。


 透き通るようなシャープなフェイスラインは、完璧に計算し尽くされた彫刻のようだ。


 コーラの赤い缶を右手に持ち、扇のように長い睫毛の下には、黒曜石のような大きな瞳が何かを思い詰めるかのようにどこか遠くの宙を見つめている。


 ──なんて美しいんだ。

 斜めから捉えたその美しさに息をのんだ。


 さらには如何わしいことも考えてしまっていた。

 厚手の白のパーカー越しにもわかる豊かな胸元が、その抜群のスタイルを際立たせていた。


 月夜に浮かぶその姿は、まるで本物のかぐや姫が降臨したかのようだ。


(ちょっと待って……ヤバッ……頭が真っ白になるぐらい……茉優が霞むぐらい……)


 人には好き好きというのがある。

 そんなこと有り得ないけど、全てが同一の条件というなら間違いなく俺は──彼女を選ぶ。


 その時──


「「あ……」」


 お互いに目が合った。


 眉間にシワを寄せて不機嫌さを一気に露わにし、踵を返して錆びてそのうちどこかの段が外れそうな階段を登って行った。

 その様子は──「ふんっ!」という鼻を鳴らす音が聞こえてきそうなくらい……


(こ、怖……気がめちゃくちゃ強そう──茉優でもまだそんな知らない頃、そこまで露骨な拒絶はしなかったのに)


(まあ……こんな時間にいきなりばったり会って、俺が月を眺めているっぽい彼女に呆けた顔をして見とれていたのが不快だったのかもな)


(は~あ……美人て何かと大変だからなあ。茉優から教わったから今になって分かる)


 そんなことを脳内でぶつくさ呟いて、俺はコンビニへと足早に向かった。


 本当にキレイだったなあ。

 神秘的だった。

 アカデミー賞受賞式の時に着るようなドレスを着ても絶対に似合うだろうし、弓道着なんか着ても絶対に格好良い。


 ──それにしても、あの背中、あのポニーテールの後ろからの感じ、そして鼻を鳴らして踵を返す感じ……どこかで見たことがあるんだけどなあ。

 気のせいだろうか……


 ※※


 マンションの自宅の50インチテレビでネット動画を見ている。

 俺は昔からアクションものやハードボイルドもの、そしてホラー物が好き。後、夜中にテレビでやる古い深夜映画も好きだ。


 映像の中にある銃器を使った派手なドンパチや、ホラーキャラの突然の出没に驚いて肝を冷やすのが面白いのだけど、中でも俺は──台詞が好きなんだ。


 格好良い。俺とは全然違う。

 特にハードボイルドや、アクション系の、敵、あるいは味方同士でするシニカルな台詞が──


『死んで当然だな……』

『(銃の)弾は切れたかもしれねぇ。てめぇの頭で試してみるか?』

『おまえのそのアホみたいな顔を見ていると、神様が俺に唾吐きかけて来ているみたいに思えるんだ。気持ち悪いんだよっ』


茉優のことも忘れかかり、だんだんと映画に没入して行こうとしている時──


 メッセージアプリのクラスのグループから、突然今までやりとりしたことのない女子からスタンプが飛んでくることがある。

 

 ──またかよ……


 こういうの、正直良く分からない。

 多分、茉優風に言わせてみれば、様子を窺ってきているんだ。

 何を返したら正解なんだろう……

 分かんないから無視している。


 女子の名前を見ても下手したら顔と名前が一致しない。

 いかに我関せずでここまで来たかが良く分かる。


 男子も含めて、やりとりなんて陽香としかしていなかったからなあ。


 その陽香も今は


 茉優がそうしておけと言ったから。

 簡単に連絡して来れないようにと。

 おそらく何もなかったかのように、明るい雰囲気のスタンプを送って様子を窺ってくる。

 そんなもんで乗ってやるもんか、てつもりで、メッセージアプリは着信拒否しておきなさい、だった。


 ささ、そんなことよりも、映画に集中集中……


(うわあ……格好良いなあ。こんなシニカルなセリフ言ってみたいよなあ……)

(けど、本当に俺が言ったら……中学の時みたいに、イジメられるんだよな……)

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