第五章 記録されざる図像
第五章‐1:断片の接続
その日、私はGIAを出ると、再びヴェザリア旧市街へと向かった。
アトリエに、まだ残された“何か”がある気がしていた。
白い紙片のような光が、静かにアトリエの壁を照らしていた。
太陽ではない。ヴェザリアの上空を巡る人工反射帯――「オルカ灯」の淡い光だ。
屋根の壊れかけた天窓から差し込むその光は、どこか記憶の残滓のようだった。
アトリエの空気は、まだ“絵の香り”を保っていた。
わずかに金属と樹脂の混ざったにおい。
だが、それはただの顔料ではなかった。
血と、記憶と、何か説明できないものが、この部屋に染みついている。
私は静かに歩を進めた。
壁一面を覆う絵画たち。
そのほとんどが、死の直前の“視点”を描いていた。
被写体は――いや、犠牲者は、いずれも同じ角度で描かれている。
ほぼ正面。だが微妙に上から。
誰かを“見上げている”ような構図。
それが、不気味だった。
絵に描かれているのは、風景ではない。
感情だった。
死の直前の、魂が崩れる音を可視化したような色彩。
赤が悲鳴で、青が諦念で、白が拒絶だった。
カリムが後ろで端末を操作していた。
私たちは、アトリエに遺されたすべての絵を記録し、構図やサイズ、筆の流れ、使用素材の変化などを分析している。
その中で、明らかに統一された“構図”があることがわかってきた。
レイアウトは、すべて一方向に引かれている。
遠近法も、光の向きも、同じ中心点へと収束するように描かれている。
私は一枚の複写データを端末に投影した。
そして、その隣に別の絵を重ねてみる。
輪郭が、噛み合った。
違う絵のはずなのに、光の流れも、構図のバランスも、見事に一致する。
「……繋がるのか」
私は思わず呟いた。
カリムも一瞥して、うなずいた。
「奴は、全ての死を一枚の“神の構図”に統合しようとしていた」
「だが、まだ完成していない」
「そう。最後の一枚が足りない」
「そしてそれは――」
「おそらく、“自分ではない誰か”」
私は唇を噛んだ。
アトリエの中央には、白紙の画布が一枚だけ置かれていた。
描きかけではない。
“待っている”のだ。
次にくる死、あるいは魂を。
私はその白に視線を落とした。
だが、そこにふとした既視感があった。
まるで、自分の目線がそこに投影されていたような――“描かれる予感”が、胸の奥で微かに疼いた。
その瞬間、端末にノイズが走った。
そして、画面の端にひとつの警告が浮かぶ。
《解析妨害:視覚干渉性高》
《対象絵画の一部構図に対する観測が制限されています》
「……干渉されてる?」
私は思わずカリムを見た。
彼は苦い顔で端末を閉じた。
「これは……単なる芸術ではないな。
“意志を持つ記録”――それが、奴の絵の正体かもしれない」
白い画布の前で、私は息を吸った。
この空白が、どこへ繋がるのか。
まだ見えない。
だが、見えないものほど、恐ろしい。
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