怪異すら日常な主人公のゆるい対応
※少年時代のリオンのゆるい日常です。作中にはほぼ関係ありません。
シリーズ化するかは未定。
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『黒縄(こくじょう)』という地獄の番犬―――ではなく、獄卒の黒い犬を知っているだろうか?
地獄に落ちた罪人を虐げるのが仕事であるが、それに飽きると人間の住む世界へとやってくる。
だがこの黒縄に声をかけられても、決して返事をしてはいけない。
もし黒縄に声を掛けられて返事をしてしまうと、心を操られてしまうからだ。
黒縄に心を操られてしまえば幸も不幸も思いのままにされ、生きるも死ぬも全てが決められてしまう、とんでもなく恐ろしい力を持っている―――のだが。
(変なわんこがいる……)
地中に埋まっているカブトムシやクワガタの幼虫を掘り出そうと、少年は祖父が所有する山へと踏み入った。
季節は春先。まだ肌寒いが、この季節が幼虫の採れ頃なのである。
しかしすでにそこには先客がいて、じっと座って何かを持っていた。
それを木の陰から覗き見しながら、少年は黒い犬の様子を伺うことにした。
(さんぽかな?)
誰もいない筈の山なのに、黒い犬が妙な着物を着て傘を差して座っている。
珍妙な格好をさせられているので飼い犬だろう。きっとどこかに飼い主がいるに違いない。
だが辺りを見渡しても人の気配はなかった。
(迷子かも?)
私有地にたまに知らず踏み込む者もいる。
犬も迷い込むこともあるだろう。
何せ犬は文字が読めないので、私有地につき立ち入り禁止の札など意味をなさないからだ。
(しょうがないね)
ふもとまで連れて行ってあげよう。
このままここに居ては危ない。自分には熊除けの唐辛子爆弾があるからいいけれど、春先は冬眠から目覚めた熊が出没する可能性がある。犬とはいえ飼い犬らしいので、熊に襲われては可哀想だ。そう思って。
「おーいわんこ」
取りあえず声をかけてやる。逃げたらそこまでだ。(襲い掛かってくるなどとは考えてもいない)だが何故か黒い犬は驚いたように振り返って固まった。
「人間になれてるのかな? 良い子だね~」
少年は動かない黒い犬を大人しいと思い込み、よしよしとその頭を撫でた。
見た感じニューファンドランドのようだが何かが違う。
(たれ耳じゃないし違うかも。雑種かも知れないね)
この手の大型犬は温和で子供好きだと本で読んで知っているので、異常に大きいが大人しいので可愛いモノだ。
「お家に帰れる? 連れてってあげようか?」
「わ……」
「鳴いちゃダメだよ。熊が来るかもしれないからね」
少年はそう言うと、シーっと人差し指を口元に充てて声を出すなと命令した。
その言葉に黒い犬は自然と従ってしまう。その異常事態に焦るがしかし、犬の顔なので表情の変化がない。幸いなのか不幸なのか。
気配を察知できなかったばかりか、先に声を掛けられてしまった己の失態に落ち込んだ。
「ソ~ッとね、静かにしててね~。いいこいいこ~」
こっちこっちと、まるで水先案内人のように導く少年に逆らえず。黒い犬―――黒縄は大人しくふもとまで連れて来られてしまった。
「じゃあね。ここから先はお家に帰れるよね? おれは幼虫を取らなきゃだから、ここでお別れだけど。ちゃんと帰るんだよ。もう来ちゃダメだからね」
その言葉に自然と頷く。すると少年からはまた良い子良いこと撫でられた。その撫でられる手に心地よさを感じる。
ダメだダメだ。自分は罪人も泣いて苦しむ地獄の獄卒ぞ。そう思うが何故か少年には逆らえなかった。
そうしてとぼとぼと歩き出す。少年の言葉通りに、地獄へと帰るために。
ふと振り返って少年の姿を確認しようとするが、彼は既に山の方へ歩き出していた。
黒い犬こと黒縄のことなどもう興味はないと言わんばかりだ。
普通はちゃんと戻るかどうか確認するだろう。だが少年の心はカブトムシやクワガタの幼虫のことで一杯で、黒縄に全く関心がないことが判った。
「……ック!」
なんという屈辱であろうか。
人の気配を察することが出来なかったばかりか、先に声を掛けられて心を操る事すら封じられてしまった。
しかももう来てはダメだと言われたので、二度とここには現れることが出来なくなったのだ。
黒縄(こくじょう)は己の能力を発揮するには先に声をかけて、相手が返事をしなければ心を操ることが出来ない。
もしや先に声を掛けられると力が発揮できないという弱点を見破られたのであろうか?
「山童(やまわろ)……ではないな」
心が清い者であった。己が心を操るに相応しい人間(?)であった。見た目も座敷童のように愛らしく、人を惑わせ質の悪い悪戯をする類ではなかろう。多分。
「……ヤバイ者に逢ってしまった」
もう一度会いたいが、来るなと言われたので従うしかない。
黒縄ともあろう物の怪が、人間に心を操られてしまうとは情けない。
そうして黒縄はもう一度振り返り、少年の姿がないことを確認するとその場からふっと消えた。
少年の命令に従い、二度と現れることが出来なくなったのを残念に思いながら――――。
「あ、トリュフみっけ。でも幼虫じゃないからざんね~ん!」
その頃の少年は。
既に黒い犬のことなど忘れて、幼虫探しに夢中になっていたのであった。
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