第4話 最初の削除


画面の指示に従って、メールアドレスと仮名を入力すると、すぐに一通のメールが届いた。



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> 件名:【Deleter】削除初期案内


内容:

ご登録ありがとうございます。

初回削除は本人確認を兼ね、対面による実施となります。

以下のいずれかの施設へお越しください。


【削除体験ブース】


第五倉庫地下1階(神奈川)


○○都市センター旧ビル跡







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普段は気にも留めないような、廃ビルや倉庫のような場所ばかりが並んでいる。

どれも行きたくなるような雰囲気ではなかったけれど、行かない理由も、もうなかった。



その施設は、予想以上に“何もない場所”だった。

廃ビルの片隅、埃をかぶったドア。

中に入ると、白くて無音の空間が広がっていた。


待合も、係員も、看板すらない。

ただ、中央にひとつだけ──古い病院の診察台のような椅子が置かれていた。


脇にある端末が淡く光る。

画面にはたった一文だけ。


> 「削除内容を入力してください」


画面の前で、指が止まった。

何を消したいのかという問いに、すぐ答えが出なかった。


夫との最後の言葉?

ふたりで笑った記憶?

…違う、今それを消してしまったら、もう私は壊れてしまう。


目を閉じると、浮かぶ光景があった。

焼香が終わった誰かが、背中をさすりながらこう言った。

「まだ若いんだから、きっとやり直せるよ。再婚してね」

安心する笑顔で言った、悪意のない善意だった。


その記憶を消したい。




端末の画面にそっと文字を打ち込む。記入欄に震える指で文字を打ち込んだ。

「葬儀の日、”若いからやり直せるよ、再婚してね”って言われた記憶を消したい。


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> 「確認しました。

削除を開始します。痛みはありません。

終了まで目を閉じ、動かずお待ちください」


音も機械音もなく、椅子の背が倒れた。

照明が一瞬だけ強く光る。


目の奥に焼き付いた光が、何かを削り取っていく。


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それは、本当に一瞬のことだった。


椅子が元に戻り、画面が“削除完了”と表示される。



ゆっくりと立ち上がり、重力が少し軽くなったような気がした。

何が変わったのかはっきりとは言えないけど

誰かの声が、空気の震えが、頭の中から抜け落ちていた。


あの場の空気も、喪服の重さも、隣にいた誰かの表情も覚えているのに、誰と何を話したのかだけはぽっかりと抜け落ちていた。


まるで記憶の中の音だけが消えたような違和感だ。




> 「本日は以上です。

次回削除まで7日以上空けてください。

お帰りの際は、左側の出口をご利用ください」



機械的な文字表示が、変わらぬフォントで告げる。

誰もいない空間。

誰の声も、反応もない。



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帰り道、土砂降りの雨に打たれながらふと空を見上げた。

昨日までなら、その雨音に混ざって頭の中で何度も再生されていた

言葉が……ない。


傘を差すのも忘れて立ち尽くしたまま

目の奥から冷たいものが流れてきた。


「あれ、私、なんで泣いているんだろう」


その問いにすぐ答えられなかったことが、少しだけ楽だった。


1つ記憶が消えたはずの頭の中で、ふと浮かんだ別の思い出。

夫との会話、言えなかった言葉。残っている痛み。


まだ、消したいものはある。そう思ったとき

「次は何を消せば、私はもっと楽になれるの?」と

自分のなかの声が、また小さくささやいた。

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