第2話 削除者との出会い

お風呂に入れなかった。

昨日も、一昨日も、たぶんその前も。


ゴミ箱からの臭いがきつくなってきたのも、

足の踏み場がそろそろ無くなりそうなことも、

日用品がなくなりかけているのも、

前髪が目にかかって邪魔なことも、

少しずつやれば楽になれることは頭では理解しているのに、その少しのために動く気力がもう残っていなかった。


気が付けば、布団の中で丸まっていた。

スマホを手にしたまま、涙の出ない泣き疲れの中で朝になっていた。



「いつまでこうしているんだろう」

「今、生きたいわけじゃないのに」

「生きたい理由が何もない」


検索窓に、指が動く。

“死にたい”

検索結果を見て、見慣れたガイドラインが見えた。


_____「いのちのSOS」

_____「うつ病チェックリスト」

_____「死にたかった日から〇年、これで人生が変わりました」


自分がおかしいことなんてとっくにわかっている。

救ってほしいんじゃない。

声をかけられるたび、誰かの正しさを押し付けられている気がした。

私はただ、楽になりたいだけなのに。


_____「俳優の●●、自殺か」

_____「死ぬまでにやりたいことリスト」

_____「記憶の削除」




…記憶の削除?


クリックするつもりはなかったのに、指が勝手に反応していた。

薄暗いページがひとつ、開かれた。

白い背景に、灰色の文字、無機質でどこか古びたデザイン。

音も動画もない、ただ一文だけ。


『あなたの痛み、記憶ごと削除できます』


そんなこと、本当にできるの?

それが“何か”も“誰が”やっているのかも何もわからないのに。

表示された言葉に思考が吸い込まれていった。


SNSを見ても、本を読んでも、誰の声も届かなかったのに。

この一文だけが、体の奥に落ちていった。


「記憶を削除するサービス」

ばかみたい、でも興味がある。

怖い。うさんくさい。信じちゃいけないと頭では思う。


でもそれより先に心のどこかで反応していた。

信じたくなってしまった。

もし本当に消せるなら。そのもしが、胸の奥を揺らした。

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