第4話 学生時代の卒業アルバム

 エアコンの効いた涼しい愛莉の部屋の中で、俺はB型作業所の仕事そっちのけで彼女と話していた。愛莉は俺との過去の楽しい思い出をニコニコ語ったが、俺にはその記憶が一切無いので、全てが初めて聞く内容だった。


 ◆


 俺は『解離性遁走』を起こす22歳まで、神奈川県の藤沢市という場所の田舎寄りの町に住んでいたらしい。俺は自分の正しい過去についての記憶が全く無い。


 ──冷静に振り返れば、俺は“自分の持つ全ての過去の記憶”が曖昧だ。思えば、子供の頃や学生時代や社会人時代のことを思い出せと言われても、かなり曖昧にしか思い出せない気がする。何一つ、はっきりした記憶は無い。『こうだった気がする』という記憶を、俺は当たり前のように今まで信じ込んでいた。だが、それが今、かなり大きくブレている。『今、俺は群馬県に住んでいる』という事しか、確定事項は無い。


 愛莉の言葉を信じるなら、俺は22歳の時に、自分以外の家族全員を高速道路での事故で亡くし、そのショックやストレスに耐えかねて解離性障害の一種である解離性遁走を起こし、記憶が無いうちに神奈川県から群馬県へ来ていたと推測される。そして、この群馬県で俺は新たな自己同一性を形成して普通に暮らしていた。……自分が自分で在ることに一切の疑問を持たずに。

 愛莉が言うには、俺と愛莉は中学からの同級生で高校時代から付き合い始めたらしいが、その記憶も無い。神奈川県の藤沢市で、愛莉と俺は20歳から22歳まで2DKのマンションで同棲していたらしい。俺が解離性遁走を起こすまでは。

 そして6年が過ぎた28歳の今、俺は群馬県で警察に発見された。家族全員を失った俺の捜索願を愛莉が出して、愛莉は6年間ずっと俺を探し続けてくれていた……。

 今、俺のそばには愛莉がいる。

 今、俺の自己同一性は、ぐらついている。

 自分とは一体誰なのか。俺とは一体誰なのか。記憶とはなんだ? 俺が持っている“記憶らしきもの”の全ては偽りかもしれない。

 何が真実なのか分からない。今はただ、俺は愛莉の言葉を信じる。


 ◆


 引っ越したばかりの段ボールだらけの愛莉の部屋の中で、彼女は笑顔でこう言った。


「ねぇ優雅、一応、中学と高校の卒業アルバムがあるんだけど、見たい?」

「え、めっちゃ見たい。俺と愛莉は写ってるの?」

「うん。ばっちり写ってるよ。ちなみに中学・高校と私たち2人は偶然ずっと同じクラスだった」


 そう言って愛莉は、ベッドのへりから立ち上がって移動し、部屋の隅にある小さめの段ボール箱をカッターで開封し、その中から2冊の卒業アルバムを手に取った。1冊はピンクで、もう1冊は青い。

 その2冊のアルバムを持って、愛莉は再び俺の右横に座った。

 そして最初にピンクのアルバムの表紙を俺に見せた。


「このピンクのやつはね、中学の時の卒アル」

「ふーん」


 表紙には見知らぬ学校名と、【2012】という西暦が書いてある。俺と愛莉は1996年生まれの学年だから……中学の卒業は、そのくらいの年になるのか。


「そういえば優雅、自分が中学の時に何部だったか覚えてる?」

「覚えてない。えっと……俺のことだから、どうせ帰宅部だろうな」

「違うよ。中学の時の優雅は野球部で副キャプテンだったの」

「え、マジ? 俺ってそんな体育会系の部活だったの?」

「あははは。意外でしょ」

「うん、意外」

「中学の時の優雅はクラスの学級委員長とかもやってて、クラスの女の子から少しモテてた」

「それは嘘だ。モテるわけないじゃん、俺が」

「それが中学時代は意外とモテてたの。クラスの中心みたいな明るい女子じゃなくて、クラスのおとなしい系の女子から3人くらい告白されてたかな。優雅は全員バッサリ振ってたけどね。『あ、ごめん無理』みたいな感じで」

「なんか俺、冷たくて嫌な奴だな……」

「ちなみに、振られた女子の中には私も入ってる」

「……」

「あはは。まぁ、高校時代にまた優雅に告白したら付き合えたから、別にいい」


 そう言って愛莉は笑顔で中学時代の卒アルをゆっくり開いた。

 最初に愛莉が開いたのは、出席番号順にクラスメイト全員の顔が載っているページだった。パッと見、クラスメイトの顔と名前は見事に全員覚えていない。誰だこいつら……。


「3年3組。まずこれが中学時代の優雅の写真」


 そう言って愛莉が指差した俺は、坊主頭で、今より瘦せていて、幼くて、めちゃくちゃ笑っていた。その顔の下には【佐藤 優雅】と書かれている。


「坊主ってことは本当に野球部だったのか。てか、なんかめちゃくちゃ笑ってるね。この俺」

「そうだね。良い笑顔」

「寺沢愛莉はどこにいるんだろう。寺沢寺沢……あ、この子か」

「うん。この、メガネかけてて無表情なのが私だよ」

「全然笑ってないね」

「この頃、おとなしくて性格が暗かったもん私。目が死んでるでしょ。あはは」

「死んでるね~。あと、今と違ってメガネ女子だったんだなー。あと顔つきが幼くて子供みたい」

「だって子供だもん。あと、優雅は男友達が多かったけど、私は友達が少なかったよ」

「そうなんだ。ちなみに愛莉は中学時代、何部だったの?」

「吹奏楽部でフルート吹いてた。じゃあ次は部活のページに行こうか」

「うん」


 愛莉は口角を上げながら笑って卒アルのページを繰る。


「えっと、このページだ。1番最初に野球部の3年生たちが紹介されてるね。この最前列の中央のちょい右でしゃがんでダブルピースして超笑ってるのが優雅。今では想像できない姿だね」

「そうだなあ。俺にもこんな時代があったのか。それと、だいぶ中央の良い位置にいるな。副キャプテンだからか」

「ちなみに最後の夏の大会で吹奏楽部は野球部の試合の応援に行ったんだけど、覚えてないよね」

「ごめん、覚えてない」

「いいよ。あと夏の最後の試合、4番バッターの優雅は活躍してたよ」

「へぇ」


 野球部のページには、試合中に撮られたであろう写真が何枚もあり、その中には俺もいた。ちょうどバットをスイングしている写真だった。そしてベンチで俺が部員と話している写真もあった。体験した記憶のない事が写真として残っているのは、不思議な感覚だ。


「愛莉の部活の写真が見てみたい」

「私は文化部だから、多分後ろの方のページかな」


 そう言って愛莉はページを繰った。


「あ、このページが吹奏楽部だ。でも私あんまり写ってないよ。地味なキャラだったからね。これが吹奏楽部の3年生の部員たち」


 でかでかと、楽器を持った吹奏楽部員たちの集合写真がある。音楽室で撮られた写真だ。探してみたら、メガネをかけている愛莉がフルートを持って控えめにピースをして、右端の方に立っていた。ちょっとだけ笑っている。


「お、愛莉見つけた。ピースしてるね」

「なんか恥ずかしい」

「あ、ここにも愛莉がいる」


 音楽室で愛莉がフルートを吹いている小さな写真がある。


「吹奏楽部のページは見られるの恥ずかしいから。すぐ飛ばすよ」

「あ、うん」

「じゃあ次は3年3組の日常のページね」

「うん」


 愛莉は再びアルバムのページを繰り、3年3組の日常風景の写真や行事などのページに移行した。


「優雅の写真がめっちゃ写ってて面白いよ。これとか」


 愛莉が指差した写真は、教室で男子5人組で肩を組んで笑っている写真だった。なんとその中央に俺がいる。他にも、授業中に撮られたであろう写真があった。理科室で俺が隣の男子と大笑いしている写真だった。


「なんで授業中にこんな笑ってるんだ俺は。真面目に授業受けろよ。ははは」

「笑いすぎだよね。でも中学の時の優雅は成績が優秀だったよ。いつもクラスで2番目とか3番目だった」

「あ、そうなんだ。ちなみに愛莉はどのくらいの成績だった?」

「それはノーコメント。あ、これは修学旅行の京都と奈良の写真だね。見て見て」


 宿の出窓から顔を出して男子3人で笑ってピースしている写真の中にも俺がいた。奈良の鹿の周辺で男子数人と笑っている俺もいた。

 他にも、体育祭や文化祭など、至る所に笑顔の俺がいた。

 こんなに笑いまくっている中学時代だとは思っていなかった。俺は28年ずっと暗い人生を歩んできたのだと思っていたからだ。しかし、これらの写真が物語るように、中学時代の俺は笑いっぱなしの楽しい生活を送っていたようだ。


「俺ってこんなに笑ってたんだな。中学の頃」

「そうだよ。面白いでしょ」

「うん。なんか不思議な感覚。愛莉の写真はどこだろう」

「私は地味な中学生だったから、あんまり自分が写ってる写真が無いの」


 たしかに、愛莉が写っている写真は一見すると見当たらない。だが、細かく探していると、休み時間の教室で女友達と2人でピースしている写真があった。


「ちっちゃいけど愛莉が載ってる写真もあるよ」

「まぁ、私がメインで写ってるのはこの写真だけだね。あとはクラス全体の写真でしか私は写ってないと思う」


 愛莉はページをゆっくり見ながら、パラパラとめくる。その中に大きめの写真があり、それが目について、俺は言った。


「お、これは合唱コンクールの写真だな」

「私が端っこに写ってる。私はアルトじゃなくてソプラノだった。優雅はまた中央に写ってるね。どの写真でも中央じゃん。大好きだね~、中央が」

「今から中央大学に行こうかな~」

「今の優雅にマーチの大学なんて無理無理。しかも今年29歳でしょ? 今でもおっさんだけど、卒業する頃には、より完全なるおっさんじゃん」

「たしかにおっさんだ。でも人間に不可能は無い。可能性は無限大だ」

「そもそも大学に行って学びたい事なんてあるの?」

「ない」

「じゃあ大学行かなくていいね」

「うん」

「私立大学ってお金かかるんだよ」

「そのくらいは俺も知ってる。ちなみに俺って、最終学歴は専門中退だよね? 多分……」

「そう。だから高卒だね。あと私も大学中退で高卒」

「そういえば、愛莉ってニートなの? こないだニートって言ってたけど」

「ほんとはニートじゃない。3DCGの仕事してる。優雅と同じ在宅ワークだよ。あと映像関係の仕事もちょっとしてる」

「へぇ、なんかすげえな」

「収益が自動化されてるから、私は普段ほとんどゴロゴロしてばかりで働いてないの。だから私はニートだって優雅に言った」

「なるほど」

「自慢になっちゃうけど、優雅をヒモにするくらいのお金は余裕で持ってるよ。今日から私のヒモになる?」

「ならない。俺は今の作業所の時給300円の仕事を続けていく。そのお金と障害年金込みでギリギリ俺は生活できてるから、愛莉に頼る必要は無い」

「お、偉い。真面目だね~」

「あんまり人間関係で貸し借りを作りたくないんだ。特に金の貸し借りは面倒だ。例え相手が愛莉とはいえ」

「まぁそうだね。貸し借りは面倒だよね」


 俺は発達障害や精神疾患があり、障害年金と作業所の工賃で何とか生活を成り立たせている。障害年金なくして今の生活は成り立たない。

 そこで俺はふいに、以前の愛莉の言葉を思い出した。『私はまだメンヘラなんだけど!』みたいな発言をしていたな。


「ねえ愛莉」

「ん?」

「こないだ自分はまだメンヘラだって言ってたけど、愛莉って、精神疾患なのか?」

「うん。10代後半からずっと躁鬱。双極性障害。今はたまたま軽躁状態だから元気あるんだけど、鬱転すると何もできなくなっちゃう。だから『来週に江の島に行こう!』って何度も言って優雅を急かしたの。いつ鬱になっちゃうか分かんないから……」

「そういうことだったのか」

「うん。躁鬱の辛いところはね、目先の予定も長期的な予定も全く立てられないところかな。私の場合、1か月後・1週間後・1日後の自分が“躁”なのか“鬱”なのか“躁鬱混合状態”なのか“軽躁”なのか“軽度の鬱”なのか、何も分かんないから、予定が立てられない。例え、どれほど楽しみにしてた予定の日が来ても、その時の私が鬱状態だとドタキャンせざるを得ない。だから私、新しい友達は作らないって決めてるの。もし遊びに行こうってなっても、私が鬱で行けなかったら、その結果、相手の期待を裏切ることになるから……」

「……そっか。でも俺は大丈夫。躁鬱に関しては俺の身内にいるから。あ、いたから」

「解離性遁走を起こす前からずっと優雅は私の躁鬱に関してめっちゃ理解してくれてた。今も変わらないね」

「まぁ記憶は無いとはいえ、同じ人間だからね」

「うん。とりあえず、暗い話はこのくらいにして、アルバムの続きでも見ようよ。次は高校時代のアルバム」

「そうだな。高校時代も気になる。高校時代から愛莉と俺は付き合ってたんだよな?」

「そう。でもね~、高校時代のアルバムは、中学時代と比べて一気に闇が増すから注意してね!」


 愛莉は楽しそうな笑顔でそう言った。


「え、闇!?」

「でもめっちゃウケるよ。個人的には高校時代の卒アルの方が面白い」


 そう言って愛莉はピンクの卒アルから青の卒アルに持ち替えた。アルバムには知らない高校名、そして【2015年 卒業生一同】と書かれている。

 愛莉は最初のページを開いた。

 最初のページは、校舎の屋上から撮ったと思われる写真だった。かなり多くの生徒が楽しそうな笑顔で写っている。おおよそ200人近くいるだろうか?


「これはね、卒業生全員の写真。ちなみにこの高校は普通科しか無い高校だから、みんな普通科」

「へぇ」

「さて、ここで第1問。優雅はどこにいるでしょうか?」

「うわー、わかんねえ」

「割と簡単な問題だよ。優雅は超目立つ場所にいるからね」

「えー?」


 目を凝らすと、大量の卒業生の集団からポツンと1人だけかなり離れた場所に立っている長髪の地味な男子生徒がいた。表情が暗く、俯いており、全く楽しそうではない。よく見ると顔が少し俺っぽいが……いや、まさかそんなわけない。

 俺は冗談交じりに、


「もしかして、こいつ?」


 と言って、その暗そうな男子生徒を指差した。

 すると愛莉は笑顔になって、


「ピンポーン! 大正解」


 と言った。俺は絶句した。


「う、嘘だろ……? 中学の卒アルではあんなに誰よりも笑ってたのに。真逆の人間じゃねえか」

「まぁ色々あったんだよ、高校時代の優雅には」


 俺の高校時代に何があったのかが気になるが、とりあえず今は卒アルの中の愛莉を探したい。


「愛莉はどこにいるんだろう。高校時代もメガネだった?」

「いや、コンタクト。でも、私を見つけるのは超難しいと思うよ」

「うーん……どこだ?」

「これが分かったら凄いよ」

「……あっ、分かった。そもそも欠席してて写ってないとか?」

「ピンポーン。大正解。私は高校は不登校気味で超サボりがちだったから、この写真には居ない。ちなみに優雅も不登校気味だったよ」

「そうなんだ。なんで?」

「私は単純に高校に友達が居なくて居場所がないのが嫌で不登校になってたけど、優雅は野球部を高校1年の冬に辞めてから一気に精神を病んで、私みたいに暗くなってた。私たちが付き合い始めたのはそのタイミングだよ。優雅の元気が無くなってたから、私が何気なくLINEを送るようになって、いつの間にか仲良くなって付き合い始めた。告白したのは私だけどね」

「へぇ、そうなんだ。付き合ってるなら、教室で喋ったり一緒に帰ったりしてたの?」

「いや、高校生活で1度もそんな事はしてない。土日に会ってただけ。クラスには私たちが付き合ってることは卒業までずっとバレなかったよ」

「そっか。なんか面白い関係だな」

「お互い誰にもバレないようにしようって約束してたからね」

「なるほど」

「じゃあ、私たちのクラスの集合写真でも見る?」

「うん」


 愛莉はアルバムのページをパラパラとめくった。


「はい、これが3年5組の集合写真」


 1段目・2段目・3段目と段になっていて、総勢40人くらいの生徒が真面目な顔で写っている。だが、その写真を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「右上に愛莉と俺の顔写真があるじゃん。不登校の奴特有の、あの写真」

「あははは。うけるよね。この日は2人とも高校サボったみたい」

「めっちゃ問題児だなあ」

「先生も私と優雅の扱いには困ってたよ。じゃあ次のページね」

「うん」


 次のページは、3年5組の生徒たち全員の顔写真が出席番号順で載っているページだった。

 寺沢愛莉の目も佐藤優雅の目も死んでおり、生気が一切感じられない。思わず俺と愛莉は笑った。


「ちなみに、ここから先のページに優雅と私は一切出てこないよ」

「ぼっちだったのか? 2人とも」

「うん。そう。しかもどっちも帰宅部で不登校気味」

「暗黒の高校時代だな」

「でも私は面白かったよ。土日は優雅と過ごしてたから」

「そっか。なら俺も楽しんでたんだろうな」

「うん。楽しんでた」


 その記憶が1ミリも無いのがもったいない。俺は愛莉と今までどんな時間を過ごしたのだろう。必死に思い出そうと試みても、何も出てこない。

 愛莉のことだけじゃない。事故で亡くなった俺以外の家族の全員のことが一切思い出せない。顔も名前も何もかも。


「愛莉」

「ん?」

「俺は何も思い出せない。愛莉のことも、俺の家族のことも」

「家族のことは思い出さない方がいい」

「なんで?」

「全部を思い出したら、多分心が壊れちゃう」

「そっか」


 それからしばらく無言の時間が続いた。

 クーラーの音だけが響いた。

 そういえば俺は今、作業所の仕事をサボっている。そろそろ戻らなくては。


 ◆


 その日の夜9時頃、椅子に座った俺は真っ暗な自分の部屋でノートパソコンを開き、1人で解離性遁走について詳しく調べていた。……どうやら以前の記憶が一生戻らない人も中には居るらしい。


 ──家族のことは思い出さない方がいい。

 ──全部を思い出したら、多分心が壊れちゃう。


 愛莉はそう言った。

 俺が解離性遁走を起こした原因かもしれない高速道路での事故は、6年前のお盆休み中に起きたと愛莉が言っていた。

 少なくとも俺以外の家族4人が亡くなっている大きな事故だ。ネットで【2019年 高速道路 死傷】などのワードで調べたら、きっとすぐに当時のニュース記事などが出てくるはずだ。

 俺は【2019年】と無意識に検索エンジンに打った。そして、ノートパソコンの前で固まった。

 ……調べない方がいいか。

 もし調べて、何かを思い出してしまったら、俺は、再起不能な程に壊れてしまうかもしれない。

 とりあえず、愛莉に相談しよう。

 俺はスマホを手に取った。

 だが、よくよく考えてみたら、俺は愛莉のLINEを知らない。

 高速道路。事故。高速道路。事故。高速道路。事故。高速道路。事故。高速道路。事故。

 脳が勝手にそう言ってきて、俺は寒気がしてきて鳥肌が立って危機感を覚えて、不安に駆られた。呼吸が浅くなってきた。俺は抗不安薬の頓服用のロラゼパムという薬を1錠シートから取り出してお茶ですぐ飲んだ。その後、すぐに椅子から立ち上がり、愛莉から渡されていた愛莉の部屋の合鍵を手に取り、●●●号室を出た。

 そして右隣の愛莉の部屋のインターホンを鳴らした。

 すると、鍵が開く音がして、扉が開かれた。玄関の明かりが外に漏れる。

 そこには愛莉がいて、俺は安堵した。


「どうしたの? 優雅。なんか顔色悪いよ」

「……今、ネットで調べちゃいそうになったんだ。6年前の事故のこと。調べてはいないんだけど、なんか、一人でいるのが急に怖くなっちゃって……怖いんだ、俺」


 そう言うと、愛莉はとても申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「……ごめん。私、あんなこと言わなきゃよかった……」

「いや、聞いたのは俺だよ。愛莉は何も悪くない」

「ごめんね。私のせいだ……。とりあえず、部屋に上がって。一人が怖いなら、ずっと私が一緒にいるよ」

「ありがとう。あと、今更だけど、LINE交換してくれ」

「あ、そうだね。忘れてた」


 俺は玄関でサンダルを脱ぎ、愛莉の部屋に入った。


 ◆


 昼間のように、再び2人でベッドのへりに座り、2人で喋り始めた。俺の右隣に愛莉がいてくれる。


「ねぇ優雅、優雅ってどのくらいの頻度で精神科に通ってるの?」

「1か月に1回。1か月分の薬を処方されてる。だけど、月・水・金は主治医が居て、予約なしでいきなり行っても、いつでも診てもらえる」

「そっか。良い病院だね。ねぇ、今日は木曜日だから、明日の金曜日に病院に行って、今の優雅の状態を先生にちゃんと伝えよう」

「ああ。俺もそうするべきだと思った」

「優雅の状況を知ってる人が私だけだから、私も診察室に一緒に行くよ」

「ありがとう、助かる」

「あと私、猛スピードで神奈川から群馬に引っ越してきたから、私も明日は一緒に病院に行く。躁鬱の薬とか眠剤とか頓服薬が切れたら困るし。あと、どうせなら優雅と一緒の病院に通った方がお互い楽だもんね」

「そうだね」

「病院を転院する時って前の病院の紹介状とか要るのかなあ。だとしたら神奈川に一旦帰るのめんどくさいんだけど……」

「とりあえず、お薬手帳があれば前と同じ薬は処方してもらえるんじゃない?」

「そっか、そうだよね。ねぇ、優雅の主治医って優しい?」

「優しいおじいさんだよ。院長先生より偉い先生。たしか名誉院長みたいな人」

「すご。まぁとりあえず、明日になったら一緒に病院に行こう」

「うん」


 こうして、明日の金曜日は愛莉と一緒に精神科に行くことが決定した。












 ~第5話に続く~

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