君のために、命を懸ける
――空に浮かぶ、禍々しき“眼”。
あの瞬間、全身を覆ったのは、痛みでも恐怖でもなく――“拒絶”だった。
まるで魂ごと踏みにじられるような、“存在否定の感覚”。
『さあ、選べ。王都か、仲間か、あるいは――己の心か』
黒い“目”は、ただ笑っていた。
その言葉に、何の感情も込めずに。
「リディア! 下がって!」
ルーファスの声がした、刹那――。
「っ……!?」
私は背を蹴られ、後方に飛ばされた。
次の瞬間、あの黒精霊兵がルーファスの左肩を斬り裂く。
「ルーファス――!!」
「ぐっ……構わない!」
彼はそのまま敵を引きつけるように前へ踏み込む。
その瞳には、ためらいの一片すらなかった。
「どうして……どうして、そんな無茶を……!」
「“君を守るため”以外に、命を懸ける理由なんて、俺にはない」
――胸が、焼けるように痛くなった。
でも、それは剣の傷じゃない。
ずっと……ずっと、わたくしが欲しかった言葉――。
「……わたくしは……」
「黙っていても、分かってる。けど、言葉にしてくれ。そうしないと……」
ルーファスが、血を滴らせながら笑う。
「俺は、自分の“償い”のために動いてしまう」
「……馬鹿……」
目の前が滲んだ。
「わたくしは……もう、あなたを責めてなどいないのに……っ」
「それでも、責める権利があるのは、お前だけだ」
彼の剣が黒精霊兵の喉元を貫く。
一瞬、世界が“止まった”。
そして、はじけるように敵が霧散した。
「フィーネ、転移術式を展開。セリアと衛生班を呼びなさい」
「分かった! でも……リディア、あなたも限界――!」
「いいのよ。今は……彼を助けることが先」
自分でも驚くほど、わたくしの声は静かだった。
「ルーファス、立てます?」
「ああ、まだ行ける。……リディアがいる限り、な」
彼が伸ばした手を、私はそっと握りしめた。
それが、たとえ“最後の力”になったとしても。
わたくしの手は――“誰かのためにある”。
* * *
その後の数時間は、もはや“戦闘”というより“生存戦争”だった。
黒精霊兵は群れをなして侵攻し、倒しても倒しても際限がない。
そして、真の“魔王”――
ヴァルディア・ルシフェル。
その名を知ったのは、精霊たちの記録からだった。
「フィーネ……“あれ”は……」
「……記録に残されてる、世界の“反転因子”。
かつて全ての精霊と人が“拒絶”した、“存在してはならぬ王”」
彼は、精霊文明の最末期に“神格融合”によって生まれた異端の王。
あらゆる魔法、契約、信仰に背く存在。
「世界の根源を歪め、精霊の魂を喰らい……“永遠の夜”を目指した、反逆の王」
「つまり、“彼の存在”こそが、すべての根源……」
「うん。そしてね、リディア」
フィーネの声が震えていた。
「……“今のあなたの心”が、一番危ない」
「わたくしの、心……?」
「あなたは優しすぎる。迷ってる。誰かを傷つけないように、誰も失わないようにって」
フィーネの手が、わたくしの頬に触れる。
「でも、そんな“隙”を、あの魔王は嗅ぎつける。あなたの“優しさ”を、喰らい尽くすつもりなんだよ」
「――……!」
一瞬、寒気が背を走った。
「じゃあ……わたくしが“揺らげば”、仲間が死ぬ?」
「……うん。“世界”が、死ぬ」
だから――私は立ち上がる。
ルーファスが、右腕だけで剣を支えながら、わたくしを見つめていた。
「お前の“優しさ”が、世界を守る鍵になる。そう信じてる」
「……なら、わたくしも応えるわ」
――私は、自分の中の“怖さ”に名をつける。
それは、“ひとりになること”への恐れ。
それは、“誰かを信じること”の痛み。
でも――
「それでも、信じるの。わたくしの心は、あなたたちと共にある」
魔法陣が、再び空に浮かぶ。
「《コード・イマージュ:光は、ここに在る》」
雷鳴のような魔力が、黒精霊兵たちを吹き飛ばした。
「リディア!!」
セリアの声が、歓喜に震える。
「今の魔法、まるで……“祈り”みたいだった!」
「ええ。これは……世界への“宣言”よ」
「私たちは、生きる」
――“命を懸ける”とは、剣を振るうことじゃない。
“恐れ”に立ち向かうことだ。
そして、そう在り続けることだ。
「ルーファス、立てますか?」
「……もちろん。“君の隣”なら」
* * *
その夜。
戦いは一旦の“沈黙”を迎えた。
けれど、それはただの“嵐の前の静寂”。
魔王ヴァルディアはまだ本格的には動いていない。
あれは、ほんの“観察”だったのだ。
「……次は、もっと深い“心の闇”を狙ってくるわ」
「備えよう」
ルーファスが静かに言った。
「どんな絶望が来ても、君の手を離さない覚悟は、もうできている」
「……ええ。わたくしも、同じですわ」
ふたりの手が、そっと重なった。
それは、ほんの一瞬だけ確かに灯った、“愛の契約”。
――けれど、その光はまだ、嵐の“入口”にすぎなかった。
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