揺らぐ盾、崩れる絆
「……魔導結界、第七層が崩壊しました!」
「空間転移陣、無効化されました! 王都内に異常瘴気、濃度レベル五を超えています!」
指揮塔の床が、震えていた。
違う、これは私の手が――震えてる。
「……フィーネはまだ……」
私は空を見上げる。黒い霧の向こう、ヴァルディアはただ静かに、そこに“いる”だけだった。
けれど、その存在だけで、王都全域の魔力バランスは崩壊し始めている。
「……っ、セリア。あなたは避難を」
「リディア様! わたし、戦えますっ」
「これは……“心の戦い”よ。精霊契約者のわたくしでも、この圧に呑まれそうなのよ。あなたまで……」
「だったら……っ、わたしだって、あなたの隣で戦いたい……!」
セリアの声は震えていた。でもその目だけは、まっすぐ私を見ていた。
(……だめ。泣きそう。こういうの、弱いのに)
「わかったわ。そばにいて」
「うん……っ!」
彼女が私の手を握る。
ほんの一瞬、闇が遠ざかった気がした。
だが――
「リディア!」
別の叫びが、私の胸に突き刺さる。
「……ルーファス?」
彼の黒髪が、血に濡れていた。左肩から、赤い雫が滴っている。
「何が――」
「第一防衛線、突破された。精霊剣すら通じない、“虚無の魔物”が現れた」
「まさか……精霊無効化……?」
ルーファスは頷いた。そして、小さく口を動かした。
「“黒精霊兵”だ。ヴァルディアの眷属」
全身が冷たくなった。
黒精霊兵――かつて神が禁じた、“精霊を歪めて造られた兵士”。
「それが現実に……?」
「現実だ。……そして、あいつらは“俺の剣を喰らった”」
「……え?」
「斬れないんじゃない。俺の“意志”が、吸い取られた」
ルーファスは、初めて私の目を見ずにそう言った。
その瞬間、胸の奥に痛みが走った。
(この人が、自分の力に“怯えて”る)
彼は、誰より強く、誰より誠実な騎士だった。
なのに今――
「……俺は、護れなかった」
「そんなこと、あるものですか……!」
私は手を伸ばす。彼の指先が、震えていた。
でも、それを包み込むように、私は彼の手を握った。
「ルーファス。あなたがいたから、私は立っていられるの」
「……リディア……」
「護られてばかりじゃ、つまらないでしょ? 今度は、わたくしが護る番ですわ」
彼の目が、一瞬だけ緩んだ。
でもその直後、叫び声が塔を貫いた。
「第三区画、崩壊――! 魔導騎士団、本隊がっ……!」
セリアが顔を青くする。「マルシェさんが……!」
「っ……全員、ここに集めて。最終防衛戦を構築する!」
「でも、リディア様……!」
「わかってる。これは時間稼ぎ。最悪、王都は……」
(……この手で、滅びを見なければならないかもしれない)
でも。
でも――それでも。
「“誰も見捨てない”って、言ったのはわたくしですわ。今さら撤回なんて、できませんわよね?」
私は微笑む。
頬が痛いほどに緊張していたけれど、笑うしかなかった。
その時だった。
「やっぱり……無理だよ……!」
――セリアが叫んだ。
「全部を守るなんて……そんなの、無理だよ……っ!」
彼女は崩れ落ちるように、膝をついた。
「わたし、怖いの……また誰かが、リディア様が傷つくのが……嫌なの……!」
「……セリア……」
「わたし、“ただの人間”なのに……こんな世界の重さなんて、背負えないよ……っ」
小さな身体を抱きしめる。
彼女の心が、壊れそうなほど震えていた。
(セリア……)
そうよね。私たちは、たまたま“聖女”や“精霊契約者”に選ばれただけ。
強くなんて、なれるわけがない。
(でも、だからこそ)
私は、セリアの耳元で囁いた。
「じゃあ、一緒に泣きましょう」
「……え?」
「涙が枯れるまで、泣いていいの。でもそのあと、一緒に立ちましょう」
「リディア、さま……?」
「わたくしが右手を、あなたが左手を。ルーファスが剣を。そして……」
――その先に、必ず“道”はある。
「だって、まだ“勝ってない”んですもの」
セリアの目に、ゆっくりと光が戻ってきた。
ルーファスが、微かに頷く。
その時。
空が再び、割れた。
だが今度は――紅の光が差し込んだ。
「……この魔力は……?」
誰かが呟いた。
私は、はっとして前を見た。
「……帰ってきたのね」
金と銀の風が巻き起こり、塔の上に降り立つ少女。
「……フィーネ……!」
虹色の髪、七色に煌めく瞳。
私の“心の契約者”――大精霊フィリメリアが、微笑んだ。
「遅くなって、ごめんね、リディア」
その背には、七つの光の羽が――
“闇を切り裂く希望”が、戻ってきたのだ。
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