エピローグ わたくしの物語は、わたくしが書くの

王都の夜空は、もう燃えてはいなかった。




冷えた石畳、崩れた噴水、そして魔力の余韻――。


戦いの痕跡は確かにそこにあったけれど、


人々の目に映る“世界”は、少しだけ変わっていた。




「見たか? あの魔導師、信じられない強さだったな……」


「紅と銀の髪、そしてあの瞳……」


「“紅霞の魔女”――いや、“リディア様”って呼ばれてたぞ」




噂が、風に乗って広がっていく。




まるでわたくしの存在を、誰もが“今知ったばかり”みたいに。




ふふ……勝手なものですわね。


でも、ほんの少しだけ、胸の奥が熱くなったのも事実。




人は変わる。世界も変わる。


だったら、わたくし自身だって――




「変わっていいのよね?」




月を見上げながら、小さく呟いた。







「リディア~!」




駆け寄ってきたセリアは、土まみれのドレス姿のまま、わたくしに飛びついてくる。




「すごかった! 王都を救ったって、街の人たちみんな言ってるよ!」




「……言葉だけなら、なんとでも言えるものよ。


 けれど、ほんの少しだけ嬉しかったわ。……ありがとう、セリア」




そう言って、彼女の頭を撫でる。




セリアの笑顔は、どこまでも真っ直ぐで――眩しい。




わたくしには、かつて“誰かの純粋な好意”がこんなにも重く感じられる日が来るなんて、想像もしていなかった。




「ふふ、わたしも撫でて~!」


「フィーネは子どもじゃないでしょうに……」




「でもリディア、今のわたしって“大精霊であると同時に、リディアの家族”ってことでしょ? だからほら、愛情をもっと!」




「……はいはい、よしよし」




わたくしの手の中で、二人の“家族”が笑っている。


それだけで、この場所に戻ってきてよかったと思えた。







“かつての令嬢”としての人生は、もうどこにもない。


けれど、“今のわたくし”には――剣も、魔法も、仲間もある。




“恋”と呼べるものは、まだ遠いかもしれないけれど……


もしまた心を奪われるような出会いがあるなら、そのときは――




「わたくしのほうから、書き直してやりますわ。


 わたくしの物語は、わたくしが書くのですもの」




誰かのシナリオに従って生きる令嬢は、もうここにはいない。


“悪役”のレッテルも、“断罪”の鎖も。




すべて過去にして、


この手で“自分だけの未来”を紡いでいく。




そう――これは、わたくしが選び直した物語。




リディア・アルヴェインとして、魔導師として、


そしてひとりの“少女”として。




ここからが、“本当の始まり”なのだから。

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