第1話 僕たちの日常
【それでは登場していただきましょう!男性でありながら数々の偉業を達成!老若男女、国内から世界まで、全ての女性に愛される我らがスーパースター!太陽さんです!】
料理をしていると、テレビから兄が登場する声が聞こえてきた。画面の向こうでは、割れんばかりの歓声が鳴り響いている。
現在の兄は超有名人で、テレビにも引っ張りだこ。たくさんの美しくて優秀なお嫁さんに囲まれ、すごく順風満帆に見える。
「相変わらず、あゆむのお兄さんは人気者だねえ」
そう言って苦笑いしているのは、僕の妻であるちーちゃん。今は僕の隣で、カレーの材料である野菜を切っている。
彼女はかなり手先から生き方まで、すべてが不器用な女性で、今もただ玉ねぎを刻むだけなのに、何度も失敗している。
あっ、玉ねぎのせいか、ちーちゃんが涙ぐんでいる。可愛い。
こうやって、妻のちーちゃんと一緒に料理を作っている時間が、僕は大好きだ。
なんだか、この穏やかな時間が、僕の胸をじんわりと温めるんだよね。
「るーるるる~♪」
そんなちーちゃんに癒やされながら米の準備をしていると、居間から子守唄が聞こえてきた。歌っているのは、僕の妹のみーちゃんだ。
みーちゃんは小さなピアノ教室を開いているからか、歌がとてもうまい。
競争や争いの嫌いな性格で、静かな空間を好む子だ。成り行きで、僕と妻の家に一緒に住むことになった。
こうやって、僕たちの子どもである双子の赤ちゃんの面倒を積極的に見てくれるので、凄く助かっている。
でも、双子の赤ちゃんを可愛がりすぎて、しれっと自分のことを”ママ”と呼ばせようとするのは、どうかと思うな。
そんなみーちゃんと僕には、共通の趣味がある。読書だ。
同じ部屋で、それぞれ違う本を読んで過ごす静かな時間が、僕は大好きだ。
なんだか、静かな空間を共有していることが嬉しくて、心がポカポカするんだよね。
そして、今妹のみーちゃんの子守唄を聞いて、スヤスヤと眠る天使たちが、僕と妻の双子の赤ちゃんだ。
いつも元気いっぱい、ちっちゃな手足をバタつかせて、よく笑い、よく泣いている。
我が家は、この五人で楽しく暮らしている。
兄のように、女性たちの救世主と呼ばれたり、綺麗で権力もあるすごい女性をたくさん妻にして、華やかで贅沢な暮らしをしているわけではない。
けれど、僕は僕でこの生活をとても気に入っている。
この穏やかな生活を守ることが、僕なりの幸せのかたちなんだ。
多分平凡な僕には、片手の指で数えられるくらいの人数しか、人を幸せにすることは出来ないだろう。
だからこそ──このかけがえのない日々を、僕は全力で守っていきたい。
◆
この男女比1:10の世界じゃ、男は国からの補助金で、働かなくても生きていける。
けれど、僕は仕事をしているし、今後辞めるつもりもない。
だって、僕は昔【平凡だからこそ、毎日コツコツ頑張る】って決めたからね。
僕の取り柄なんて、地味な努力を毎日欠かさずできることぐらい。
そんな僕が仕事までやめたら、平凡な男から、凡人以下にすぐにランクダウンしてしまうだろう。
『あゆむの誰よりも頑張りやなところが好き』
そう何度も僕を褒めてくれるちーちゃん。
優しく微笑みながらそう褒められるたびに、僕はもっと頑張ろうと思えるんだ。
そんな僕がやっている仕事は、ラジオパーソナリティだ。
といっても、そんな大層なものじゃない。自宅の小さなスタジオで、妻と二人で届けている───毎日三十分間の、ささやかなインターネットラジオだ。
たった三十分だけど、僕はこの時間をできるだけ楽しんでほしいと思っている。
そのために、毎日おもしろい話ができるようにネタを探し歩いたり、いろんな挑戦をしてみたりして、日々を過ごしているんだ。
このラジオのタイトルは【等身大ラジオ】
兄とは違い、特別でも、何者でもない僕が、何気ない日々の小さな幸せ、ささやかな人の気づかいや優しさ、ふとした時に感じるささいな喜びなどを拾い集め、日常にほんの少しの笑顔を届ける。
そんなことがコンセプトのラジオだ。
SNSでの毎日の発信、男がやっているという物珍しさ、クスッとくる僕と妻の会話などが評判を呼び、そこそこの視聴者に聞いてもらえている。
といっても、兄の生配信なんかと比べると、視聴者数はちっぽけなものなんだけどね。
それでも、僕達を必要としてくれている人は確かにいる。
【あなたたち夫婦の優しい会話が毎日の生きがいです】【へんてこな方向に努力しちゃうあゆむ君のお茶目なところが好きです】【こんな穏やかな男性と女性、初めてみました】【見逃していた幸せに気づかせてくれる神ラジオ】【もはやこのラジオは日常の一部です】
最近では、こんな嬉しいコメントをもらえるようになってきた。
だから僕は、今日も明日も、日々変わらずにこのマイクに語りかけるんだ。
「さあ始まりました。等身大ラジオのお時間です。メインパーソナリティは僕ことあゆむ。サブパーソナリティは妻、ちーちゃんが担当します。さて、今日はこんな嬉しいことがありました───」
◆
最近、母が我が家に夕食を食べに来ることが増えた。
双子の孫に会えるのが嬉しいらしく、仕事の合間にふらっと立ち寄るのが習慣になりつつある。
そんな母は現在、多忙な兄のマネージャーのような仕事をしている。毎日が目の回るような忙しさらしい。
母は、元々は普通の会社員だった。だが、今では政府のお偉いさんともつながりがあるほど、大出世している。
バイタリティにあふれ、よく食べ、よく飲み、よく笑い、よく働く──そんな豪快な女性だ。
そんな母は、若い頃はお調子者だったらしい。
これは母の友人から聞いた話だが、兄を産む時は、「男の子きたああああ!!!」と大はしゃぎ。
二人目の僕を産むときは、「男の子二連チャン!?もしかして、私は神に愛されているのかもしれない!!!」とのたまう。
そして、その調子で一年後、「トリプルアップチャンス行くわよ!!!うおおおおお!!!」と叫び、本気で”男の子三兄弟”を目指していたらしい。
僕にとっては母は偉大で立派なイメージしか無い。だから、その話を聞くたび、僕の知っている母と別人みたいで、少し戸惑ってしまうんだ。
そんな母は、夕食の時間になると、少し疲れた様子でやってくる。
双子の孫の顔をみて癒やされ、僕と妻の作った夕食を食べ、他愛もない話を交わして笑う。
そして食後には、ベランダで静かにタバコを一本くゆらせた後、また仕事に戻っていくのだ。
口うるさいことなんて言わず、ただふらっと来て、ふらっと帰っていく母親。
そんな母親は、ソファに深く腰掛けながら、こんなことをしみじみと呟くことが多い。
「ここは、空気がいいねえ…」
これは褒めているのか、ただ疲れているのか…
きっと、その両方だろう。
普段から、「働くのが楽しい!我が子の活躍を間近で見られて、こんなに嬉しいことはない!私はこの仕事を絶対に誰にも譲りたくない!」などと豪語して、とても楽しそうに仕事をする母親でも、決して疲れないというわけではないのだ。
だからせめて、この家の中だけでも、仕事を忘れてゆっくりしてほしい。
ふふ、少し照れくさいけれど、たまには肩でも揉んであげようかな。
「いつでも僕は、この家で待ってるからね。お母さん」
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