男女比1:10の世界で、兄が明らかにチート系転生者なので、弟の僕は兄から距離をとってコツコツ頑張ることにします
長月乙
プロローグ
「──俺は、努力系転生者になる!」
僕がそんな兄の言葉を耳にしたのは、小学校三年生のときだった。
まだ午後の光が差し込む静かな日曜日だったのを、妙にはっきりと覚えている。
あれは、いくつもの偶然が重なった末の出来事だった。
普通なら、兄の独り言が、部屋の外に漏れることなんてありえないことだ。
だって、兄の部屋は僕と同じく、防犯性の高い完全なプライベート空間なんだから。
なぜ、一般家庭のはずの我が家で、兄や僕がこんなに豪華な部屋に住んでいるのかというと──僕達が「男」だからだ。
僕の生きるこの世界では、男女比が1:10。
男はその希少さゆえに、国家レベルで保護対象とされており、国から多額の補助金が支給される。
そのため、我が家でもその補助金を活用して、僕達の安全を最優先に考えた部屋づくりがされているのだ。
──でも、その日に限っては。
たまたま兄が、不注意で扉を半開き状態にしていた。
たまたま足音の小さい僕が、兄の部屋の前を通った。
そして、いつもなら扉のロックを確認する母が、たまたま不在だった。
そんな”たまたま”が三つも重なってしまった結果、僕は兄の秘密を耳にしてしまったのだ。
──兄が、転生者だという事実を。
僕はその当時、というか今もだけど、本が大好きな少年だった。
だから、同世代より少し大人びていたし、転生者という言葉の意味もしっかり理解していた。
(兄がいることすらこの世界では珍しいのに、その兄がまさか転生者だったなんて…)
ふと兄の秘密を知ってしまった僕は、それを誰にも言わず、胸のうちに秘めておくことにした。
だって、兄は今まで、自分からそのことを誰にも話していないのだ。
きっと兄にとって、前世があることは隠したいことだったのだろう。
でも、兄さん。”努力系”転生者になると意気込むのは良いけど……
(兄さんは、明らかに”チート”転生者だよ)
努力系主人公は、明らかなチートがなかろうと、コツコツ努力してちょっとずつ強くなっていくものだ。
でも、兄さんは最初からチート過ぎる。
兄さんは元から顔が抜群に良いし、背も高いし、物覚えも運動神経も抜群。男の子なのに、声だって大きい。
それに、この男女比1:10の世の中ではとても大事な精力だって、誰にも負けていない。
まさに、神に愛された天才だ。
ただ、そんな兄にも、ほぼ唯一といっていい欠点がある。
一人でコツコツ努力するのが、どうも苦手なところだ。
あ、あと、もう一つあった。
兄は、食べ方があまり綺麗じゃない。
でも、その二つくらいしか欠点がないのが本当のところ。
そんな兄が、努力系転生者になんてなれるのかな?
…うん。流石に無理だと思う。
きっと兄は特に努力なんてしなくても、目立ちに目立ちまくって、たくさんの女性にモテて、莫大な金を稼いで、騒がしく、賑やかな人生を送ることになるのだろう。
存分にチートをふるって、大勢の女性を幸せにすればいいと思う。
僕は、兄ならば、世界を救うことだってできるとさえ思っている。
──僕にとって兄は、まさに物語の主人公のような存在なのだ。
じゃあ、そんな僕はどうなのかというと──どこにでもいるような、いたって平凡な男だ。
見た目は普通、成績も頑張ったうえで中の上。精力もいたって平均的だし、女性のギラついた目が怖くて、外に出るのが苦手だ。
時には、「兄に才能を全て吸われて生まれてきちゃったんだね」とか、「お兄さんはあんなすごいのに…」とか、心がざらつくような言葉を投げかけられることも多い。
でも、いいんだ。
実際僕は平凡だし、兄がすごいことは事実だしね。
それに、兄が送るであろう華のある人生なんて、僕には似合わない。目立つのって、本当に苦手なんだ。
【等身大】
──それが、僕の好きな言葉。
僕は僕らしく、等身大の人生を生きてみたい。
”兄の弟”としての人生ではなく、”僕”の人生を生きたいのだ。
でも、兄と関わってしまったら、そんな人生を歩むことは絶対にできないだろう。
だから僕は、子供ながらに、二つのルールを決めた。
一つは、兄の人生に巻き込まれないように、兄とは距離を取る。
もう一つは、平凡に生まれてきてしまったからこそ、毎日コツコツと頑張る。
そんなふうに生きることを決意し、実際その通りに頑張ってきた。
──そして今、あれから十五年が経った。
「ただいまー。あゆむ。晩御飯の材料買ってきたわよ。いつもみたいに、一緒につくろ?」
「ありがと!ちーちゃん!今、行く!」
僕──あゆむは、今、最高に幸せだ。
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