第2話 指輪の持ち主

 まさかあんなイケメンが持っていた指輪を引き取るなんて、思いもしなかった。


 あの赤い石がはめ込まれた指輪を受け取り、数日が経過した。運命の出会いとやらを試しに行った指輪交換所で見つけたこの指輪は、交換所のスタッフが預けたものだ。この指輪を手にした人が持参した指輪を受け取るために、長い間その時を待っていたと言っていた。随分前からショーケースの中に鎮座していたという。

 この指輪はよく見ると、リングの中央に黒いラインが一本入っていた。そして赤い石はガーネットだと、その人から聞いている。和名は柘榴石で、文字通り柘榴の実のように紅い。未だに黒と真紅の組み合わせが刺さる私にとって、これ以上ない指輪だ。

「…綺麗な指輪なのに、なんで誰も見向きもしなかったんだろ」

 仕事で使う剪定鋏のキャップを着けてポケットに仕舞い、自分の右手の薬指を翳して赤い宝石を見つめる。言われてみれば運命の出会い、は確かにあった。

 網戸がついている窓の外から生温い風が吹き込んできて、窓際に吊るしてある風鈴を鳴らす。風鈴のガラスは瑠璃色で、唐突に私が持参した指輪を選んだあの人の顔が脳裏に過るけれど、あの店に行くことはもうない。交換に出した指輪も受けとった指輪も『相互交換』という形式で譲渡したため、あの店を出入りすることはできないのだという。それは同時に、もう彼とは会えないことを意味していた。

 赤いガーネットの指輪の元の持ち主とは、名前だけ交換している。それも交換所のルールで、持ち主の姓か苗字、どちらかだけ情報が明かされる。それが苗字なのか名前なのか明示するのは本人次第だ。しかしその人の性別や所属、住んでいる場所や詳細な情報は明かされないし、無理に詮索してはならない。今回はお互い目の前で交換したから、相手の性別も見た目も知っているので変な感じだ。身長は177センチくらいの標準体型で、明かされたのは「ざくろ」という姓か名のみ。黒スーツを着ていて、短い黒髪をツーブロックにしている男性だった。傍目から見れば、ざくろさんはとてもカッコイイ人だ。何となく影があるような雰囲気で店に佇む姿は、さぞかし女性人気が高いだろう。彼が預けていた指輪がガーネットの指輪なので、何だか芸名かペンネームのように思えた。

 そんな人と指輪を交換したなんて、私はツイているのかも知れない。けれど手痛い失恋をしたばかりなので、その人が運命の存在かどうかわからないしそもそも半信半疑だし、特に何とも思っていなかった。

「…まぁ、考えても仕方ないよねぇ」

 こちらが接客業をしていたとしても、彼がこの店に来ることはないだろう。表通りから離れて少しわかりにくい場所にある花屋だし、ざくろさんが仕事している間に開いて閉まる店だから。

 そうこうしていると反応の悪い来客チャイムが鳴り、入口が開かれる音がした。慌てて店に顔を出し、今日の店番が自分しかいないことを今しがた思い出した。

「いらっしゃいま…」

「すいません、花束をひとつ。…あ」


 なんで。


 口について出そうになった言葉を、かろうじて押し留めた。

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