運命交換所
椎那渉
第1話 運命交換所
人生で何度目かの絶望を味わうと、ヒトは理性を失うらしい。
私は今、職場で噂に聞いた『運命を交換できる場所』と呼ばれている店の前にいる。路地裏にある怪しげな小さい店には、その名も『運命交換所』と書かれた看板がひっそりと掲げられていた。
意を決して入った店内、ずらりと並んだ様々な指輪の数に圧倒されて、とりあえず端から端まで眺めていく。シンプルなプラチナリングから派手めな指輪、はたまた子供の頃に憧れたダイヤモンドの一粒リングまで。話に聞いた通り、この店は指輪以外を取り扱わない不思議な店だった。
指輪の交換希望者は気に入った指輪があればそれを受け取り、代わりに自分が持参した指輪を預ける。その逆も可能で、手持ちを預けるだけ預け、数日かけてじっくりと選定した指輪を引き取ることも可能だ。自分の指輪を手に取った誰かが預けた指輪を、相互交換というかたちで受け取ることも可能らしい。条件はただひとつ、預ける指輪も、受け取る指輪もひとりひとつだけ、というものだ。一度迎えたら返品は不可で、かつ自分が預けた指輪はどんな理由があろうとも手元に返されることはない。そのためか、指輪の交換には誓約書に自分のサインを書かされる。代金は必要ない。
どんな人が預けた指輪なのか、どんな思いでここに来たのか考えるだけで想像が膨らむ。どうすればいいのか分からない形見の指輪を預けた人、プロポーズに失敗した人、恋人と別れた人、ここから出会いを求める人とその理由は様々だそうだ。かく言う私も、こんな場所で運命的な出会いが見つかるとは思わず半信半疑でやって来た。
『運命交換所』という名前に惹かれてしまい、まんまと罠にハマった気分だ。
ふと目に入った、繊細なつくりの指輪が気になり男性スタッフに声を掛ける。試着も自由、手に取るのも自由なものだから、つい『これください』と言わないようにするのに必死だった。
「…あの、これ見せてください」
「はい。構いませんが、よろしいですか?」
「ええ、お願いします。入る指を確かめたくて」
ショーケースから出て来たのは、シルバーを基調とした小ぶりの赤い石が嵌め込まれた指輪だった。中指なら通らないけれど、薬指ならなんとか入る。それに、私が預けようとしている指輪は蒼い石が嵌め込まれていたのでちょうどいいかも知れない、となんとなく思った。確かアイオライトと言う宝石だ。
「…綺麗な赤だなぁ。私のこの指輪と、取り換えてくれますか?」
「こちらは…口径、少し大きいですね」
「ええ。つい先日まで…自分が着けていたものです。レディースリングにしては、大きいでしょ?」
悪びれもなくにっこり笑い掛ける。もう既に思い出となった指輪だった。指先仕事で太くなった私の指に、この間までついていたもの。つい数日前まで彼氏だった人から貰って、もう付けることがなくなってしまった。
「……承知しました。では、この指輪は私が」
その人は、自然な流れで自分の指に私が持参した指輪をはめた。
「……え?」
「その指輪、私が交換に出したものなんですよ」
短い黒髪のその人は、にっこりと笑った。
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