アイドル辞めた幼馴染が地元に帰ってきたので全力で甘やかす。
燈外町 猶
第1話・おかえり
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物心ついた時から、私は
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世界の全部が思い通りになる気がして、全部の未来が叶うような気がしていた、中学1年生の梅雨。
しばらく降り続いていた雨がようやく止み、少しの晴れ間を取り戻した週末、私と綯子は久しぶりにショッピングセンターへ出かけた。
流行りの映画を観て、流行りの服を買って、ゲームセンターではしゃいで散在して。
週明けまでにやらないといけない宿題を綯子が突然思い出して、慌てて帰ろうとして。
そう広くはない催事場に設営されたステージの前を通りかかった。
「
河川敷を並んで歩いていると、綯子はその白く、ふっくらした頬を薄ら赤らめながら呟いた。
遠く、川の上に架かる線路の向こう側で、夕日がゆったりと沈んでいく。
「どんな夢?」
「…………笑わない?」
「笑わないよ。あれ以外だったら」
「あれ、ってなに?」
「いいから。早く教えて」
「む〜…………あ、アイドル……」
「ふふっ」
「あっ! 笑ったぁ!」
「だって、思ったとおりだったんだもん」
「なんでわかったの!?」
「綯子がわかりやす過ぎなの」
あんなに慌てていたのに、綯子はステージを通り過ぎなかった。
上がった息を整えようともせず、感電でもしたみたいに、彼女は静止した。
きっとあのとき、綯子の瞳に映っていたのは、3人のアイドルが滴る汗も気にせず歌い、踊り、輝いている姿だけ。
宿題のことも私のことも忘れて、彼女が目指すべき未来を確信していた。そして私はそれを、隣で見つめていた。
だから、あまりにも予想どおり過ぎて、私は笑ってしまったんだ。
「綯子なら絶対なれるよ」
「簡単に言うなぁ〜。絶対超大変だよ?」
「そりゃそうだろうけど、大丈夫だよ」
「大丈夫、か。ふふっ、私ってほんと単純なんだろうね、清花ちゃんがそう言ってくれたらさ、今まで全然なかった自信が湧き上がってきて……膨らみまくってた不安がどっか行っちゃった」
私が親なら親ばかと言われるんだろうな。幼馴染だから、幼馴染ばか?
彼女がアイドルになれない未来を想像できなかった。
彼女がなれなかったらどんな存在がなれるというんだ。
大好きな幼馴染が世界中から歓声を浴びる姿を想像して、誇らしくて、やっぱり、さみしくなった。
×
あれから、12年後。
私は大学を卒業して、新卒でIT企業に就職して、変わり映えのない毎日をなんとかこなしながら、4年目を迎えていた。
綯子は高校卒業、大学入学とともに上京して、オーディション番組で一躍脚光を浴びて、2年間ステージの上に立ったものの、突然の活動休止からの脱退からの、引退を告げた。
ファンの間では心配の声や下世話な噂が飛び交っていたものの、ジャーナリストが真相を追いかけるほどの知名度はなかった。
『実家に帰らせていただきます』
ふざけたメッセージが送られてきたのは、いつもとなんら変わらない平日のお昼休みだった。
ばかだなぁ。
きっと私には想像もできないくらい大変な目に遭っていたんだろうに、わざわざこんな……心配させないために……。
『三つ指ついて待ってるよ』
私からのメッセージも全て未読スルーの状態だったから、最悪のケースを想像した日もあった。
ずっと、ずっと、後悔していた。無責任に背中を押してしまったことを。
早く、早く、綯子に会いたくて、体調不良と嘘をついて早退した。生まれてはじめてのズル休みだ。
だけどそんなこと、もうどうでも良かった。早く、彼女に会って、そして、綯子に――
×
「「ごめん」」
――謝りたかった。
4年振り、だろうか。
寂れた駅のホームで見つけた綯子は、胸が痛くなる程に痩せていて、目の隈がメイクでは隠せずに薄っすらと滲んでいた。
私よりも15センチは背が高いはずの綯子が、随分と小さく見える。
今にもふらりと倒れてしまいそうな彼女を有無を言わさずに抱きしめて、ずっと伝えたかった言葉を零すと、彼女も同じタイミングで、同じことを口にしていた。
「……どうして清花ちゃんが謝るの?」
「だって……だって……」
「ごめんね、本当に。清花ちゃんが謝ることなんてないんだよ。全部私が悪いんだよ」
「そんなこと……」
「いやぁ……現実は厳しかったってことだね」
私を抱きしめ返すと、綯子は力なく笑った。
「いつもそうやって……なんでもないフリして……ほんと、バカみたい」
「……清花ちゃん?」
綯子は、いつだって輝いていた。
物心ついた時から、その輝きに魅せられていた。
登校中も、授業中も、部活中も、放課後も、遊びに行くときも、一人で彼女を想うときだって。いつだって。
だけど、どこかでわかっていたんだ。その輝きは、綯子が努力して生み出していたことを。
意図して、無理して、それでも世界を魅了するために、時には自分を偽って、苦しみや痛みも隠していたことを。
だからときどき、その輝きがどうしても眩しくて、痛かった。
「……私の前でくらい、甘えてくれてもいいじゃん。泣けばいいじゃん。愚痴ればいいじゃん! 本音を……さらけ出してくれてもいいじゃん! 幼馴染でしょ、親友でしょ!?」
バカは私だ。こんな憔悴して帰ってきた綯子に向かって何を言っているんだ。幼すぎる。
早く泣き止め。謝れ。ずっと会いたかったって。今ここにいてくれるだけで、それだけでいいって、早く伝えてよ。何やってんのよ、私。
「…………もっと……あの場所にいたかったなぁ……」
私を包み込む綯子の腕が震えて、力が込められていく。
「うん」
「ずっと、歌って、踊って、応援して、応援されて、どんなにつらいことがあっても……憧れた世界で……全身全霊で……」
彼女の震える声とともに、温かい涙が服に、肌に、染み込んでくる。
「それで……できればこんな姿……清花ちゃんには一生見せたくなかったよ……」
「ばか。私には、私にだけは……どんな姿だって見せてよ」
足の力を無くして膝から崩れ落ちた綯子を、支えるように、包みこんで、抱きしめた。
私の心臓に綯子の嗚咽が響いて、全身を揺らす。
それからしばらく、人目なんか気にしないで、二人して声を上げて泣いた。
これまでのいろんなものを浄化するように、悲しみも喜びも綯い交ぜにして泣いた。
「おかえり、綯子」
ようやく喋れるくらいには収まった私は、鼻をすすりながら、心からの言葉を彼女に囁いた。
「ただいま、清花ちゃん」
目を真っ赤にしながら、綯子は私を見つめて返した。目尻が下がって、少しだけ眠たそうだ。
「帰ろう」
「……うん」
よろめく彼女の腕を組み、引っ張るように家路を辿る。
早く、彼女を私の家に連れ去りたい。うんと甘やかして、健やかに寝息を立てる顔が見たくて。
それから、目を覚ました綯子がうんざりするほど構う私に、呆れて笑う顔が見たくて。
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