第3話 田端幸人の斬新な提案
江戸川窓香はさっきからため息をついている。5月の昼下がり。開け放たれた教室の窓からは爽やかな風が入ってくる。昼食後の時間を利用して、窓香は自分の席に座り、スマホで調べ物をしている。都内の高校情報だ。なんでこんなにあるの?窓香の心はさっきから悲鳴を上げている。
聖に「文芸部のある高校に行きます!」と大見得を切ったものの、いざ探そうとすると、出てくるのは学校の住所、募集人数、偏差値、去年の倍率、どこの大学に何人合格したか、といったような情報ばかりだ。文芸部、超充実してます!今年は何人プロデビュー!なんて書き込みは全然見つからない。百歩譲って、小説家を輩出した高校を探そうとしたけれど、とにかく高校が多すぎて、どこから手を付けたらよいのか分からない。
「検索するにも頭が良くないとダメなんだよね…」マイナス思考に陥りそうだ。両手の人差し指で両のこめかみをグイグイと押してみる。頭良くなれ…頭良くなれ…。
「バカじゃない?」
「え?」
いつの間にか、横に田端幸人が立っていた。
「ゆ…幸人君、い、いつの間に…」
「オマエ、こめかみグリグリしたって頭は良くならないよ」
いつの間にか、窓香は「頭良くなれ」と声に出していたらしい。これは…かなり恥ずかしい。
「そ、それくらい知ってます。これはおまじないみたいなもので」
「ふうん」
頼む。昼休みは短いんだ。まだ色々調べなきゃならないことがあるのよ。どうか放っておいてください。窓香はいきなり降り掛かった災難から逃げようと必死だった。しかし、今回の幸人は立ち去らずに言葉を続けた。
「オマエ、さっきから何を必死に調べてるの」
「な、なにも…」
「前から浮いていると思ってたけど、最近のオマエ、完全に周囲から浮いているぞ」
いや、アンタにだけは言われたくない、窓香は心の中で瞬時にそうツッこんだが、確かにそれは当たっている。修学旅行から帰ってきて以来、止まっていた時間がいきなりチクタク…と音を立てて進み始めた感覚がある。一軍だの三軍だの言っている場合じゃない。高校受験は、窓香が今後3年間バラ色の人生を送れるのかどうかがかかっている重要案件なのだ。
「そ、そうかな…」
「ところで、オマエ、高校どうするの?」
いきなり、超ストレートな質問いただきました。幸人君、私、あなたと全く会話したことないんですけどね、なんで急に距離を詰めてくるんだ?
「な、なんで、急に受験の話に」
「だって、オマエもオレと同じように得意科目にムラがあるだろう。オマエは国語と社会はクラスのトップだけど、数学と理科はヤバいじゃん。オレは数学は無敵だけど、国語と英語がヤバい」
「そ、そうなんだ」ところで田端幸人よ、なんでキミは私の成績を知っている…?
「ムラがあっても受けられる高校を受けるか、弱点をできるだけ克服して均していくか」
「お、おう」
「それで提案があるんだけど」
「はい?」
「オレがオマエの数学見てやるから、オレの国語克服を手伝ってくれ」
「は?え?」
そこまで言って、田端幸人はふう…と息を吐きながら、右手で前髪をかきあげた。意外に澄んだ瞳がそこにあった。初めて見る幸人の鼻から上を、窓香が思わずガン見すると、幸人は少し赤くなりながら、「何だよぉ」と小さく呟いた。
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