第3話 それぞれの戦い ③
午後の日差しが地面を黄色く照らしている。
衛生兵としての任務を終えたハーヴェイは、村の外れで土を掘っていた。
「何をしているんだ」
ハインリヒが訝しげに問いかけた。返事はない。
補給科から新しい戦闘服を受け取るために少し目を離したら、こんな場所で穴掘りをしているとは。一体どういう了見だろうか。
ハインリヒは眉根を寄せて、彼女に歩み寄った。
血濡れの服もそのままに黙々と穴を掘り続けるハーヴェイは、彼に肩を叩かれて漸くその存在へと気付いたようだった。
「どうした?」
振り返った彼女の顔が酷く憔悴していて、ハインリヒは顔を曇らせた。
ハーヴェイは家屋を力なく指差して、空虚な瞳をハインリヒへと向けた。
「そこの家に、子供が……」
返す言葉が無かった。ハーヴェイは、事切れた命へ弔いを捧げていた。
「こんな事したって、あの子にとってなんの救いにもならないのは分かっているんです」
大きなスコップを地面に刺して、彼女は唇を噛んだ。
「でも、放っておけなくて……」
震える声。涙を必死に耐えている顔。
こんな心優しい少女に、神はなんて仕打ちを与えるのだろう。
「……手伝うよ」
ハインリヒは僅かに目を細めて、静かに云った。
土を掘って、小さな体を埋葬する。
形のいい石を探して、墓標を立てた。
それから二人は、道端に咲いていた白い花を摘んで、そっと手向けた。
「包帯所のみなさん、助かりますよね」
墓前に力なく座り込んで、ハーヴェイが問う。
西へと傾きつつある太陽に照らされた少女の姿を見下ろしながら、ハインリヒは頷いた。
「助かるよ。日暮れ前には迎えの車が来る。そうしたら街の病院に収容されて、手厚い治療を受けるんだ。助からないわけがない」
熱のこもった声。その言葉を受けて、ハーヴェイは堰を切ったように泣き出した。
「よかった……」
安堵した。もうこれ以上、誰も失いたくなかった。
目の前で命が消えていく絶望はもう、二度と経験したくない。
嗚咽するハーヴェイの脇に膝をついて、ハインリヒは彼女の背中を撫でた。
手の平を通じて伝わるのは、命の温かさ。生きている証。
「ほんとうに、よかった……」
少女の震える声が、絞り出すようにして言う。
止めどなく流れる涙の雫が、乾いた地面を濡らしていった。
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