第2章
第2話 戦闘 ①
太陽が、空の低い所で輝いている。
光の矢が荒野の地面を駆けて、戦場に朝を満たしていった。
十四区での任務を終えて彼らが配置されたのは、一番の激戦区と忌諱される場所だった。
石造りの教会を中央に持つ、小さな村。
国防軍が物資の補給拠点として利用していたその場所は、数日前に奇襲を受け、教会過激派に占拠されていた。
生活の匂いを残した景色の中には、戦闘の名残が生々しい傷痕を刻んでいる。ゆがんだ門扉の向こうで、干し竿にかかったままのシーツが風になびいて揺れていた。
軍はこの日、満を持して拠点の奪還作戦を遂行した。
* * *
重い機械音が轟く。
かつて人々が生活を営んでいた村を思い出もろとも蹂躙しながら、装甲車が防塞を破った。
恐怖に慄く敵兵が、小銃の引き金を引く。銃弾は鉄の装甲を滑るようにして跳ね返り、家屋の窓を貫いた。
「進入路を確保した! 突っ込め!」
そう叫ぶ声を皮切りに、装甲車の後ろから歩兵が一斉突入を図った。
殺意に満ちた銃口が、立ちはだかる人の壁を撃ち抜く。血に濡れた軍靴が、地面に折り重なった命の残滓を踏み越える。
敵の猛攻は苛烈を極め、重機関銃の弾幕が国防軍の行く手を阻んだ。教会の鐘楼から放たれるそれは、行き過ぎた信仰を世界に流布する思想そのものだ。
轟音が空気を揺らし、銃弾は地面を、家屋の屋根を、壁を削って、雨のように降り注ぐ。決死の突入のさなか、国防軍兵は一人、また一人と凶弾に倒れていった。
「衛生兵―――ッ!」
医療の手を求める声が、緊迫感を孕んで戦場に響いた。
「そいつら物陰に移せ!」
ハインリヒは銃声に紛れぬようにと声を張り上げ、同胞にそう指示を飛ばしながら、彼らの元へ駆けつけた。
家屋の陰へと乱雑に運び込まれた負傷兵が二人。それぞれ腕と足から、多量の出血をしていた。
ハインリヒとハーヴェイは視線で会話を交わしながら、地面に膝を付く。
「弾は抜けたか?」
ハインリヒが冷静な声で訊いた。
「どちらも貫通しています!」
射出創を確認して、ハーヴェイが答える。
「よし。止血帯締めて傷を直接圧迫だ。そっち頼む」
「はい」
ハインリヒの指示に、ハーヴェイは真剣な面持ちで頷いた。
傷から辿って血管の上流地点にあたる部分に止血帯を巻き、強く締め上げて固定する。そして、雑嚢から取り出した清潔なガーゼを、血が噴き出す傷口へ指で押し込んだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
悲鳴が戦場に木霊する。
絶叫する兵士に躊躇う事なく、ハーヴェイは傷口へガーゼを詰めていった。
「やめ、たのむ、あああ……ッ!」
兵士はその痛みに体を捩りながら、断末魔のような悲鳴を上げる。その隣では、足を撃たれた兵士がハインリヒによる無慈悲な処置を受けて、悶え苦しんでいた。
「ガーゼ押し込め。もっと、もっとだ!」
ハインリヒはハーヴェイの手元見ながら、叫ぶようにして言った。
「っ、はい……っ」
止めどなく溢れる血液を押し返すようにして、腕に力を込める。
指先から伝わる脈動に、ハーヴェイは思わず顔を顰めた。負傷者の身を刺す痛みが伝播してくるような感覚に苛まれた。
ほどなくして、出血の勢いが収まった。
「包帯所を開くまで耐えてくれ」
後処置を終えたハインリヒは苦痛に耐える兵士へ静かに言い放つと、周囲を見回した。銃声に混じってどこかでまた、衛生兵を呼ぶ声が聞こえる。その方角を見定めて、彼は立ち上がった。
「行こう」
血液で服を赤く染めたハーヴェイが、浅く頷く。
そして彼らは、振り返ることなく駆け出していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます