第17話

日曜の夜は静かだった。


 営業は定休。

 だが、店内の電気は一部だけが灯っていて、バックヤードの棚を整理する音がぽつぽつと響いていた。


 神谷蒼太は、黙々とグラスの在庫をチェックしていた。

 無心で体を動かしていると、余計なことを考えずに済む──はずだった。


 


 けれど、ふとした瞬間に浮かぶのは、昨日の川沿いの記憶だった。


 柔らかな風。あかりの微笑み。

 そして、彼女から送られてきた「また会える日を楽しみにしてます☺︎」の文字。


(……好きだな)


 あのとき、確かにそう思った。

 そして今も、それは揺らがない。


 むしろ、会えば会うほど想いは強くなる。


 


 片付けを終えた神谷が控え室に戻ると、ナナが椅子に腰かけてスマホをいじっていた。

 彼女は神谷の足音に気づくと、ちらりと視線を向ける。


「お疲れ。……日曜なのに偉いじゃん、真面目かよ」


「店、空いてると落ち着かないから」


「ふーん。……ってかさ、最近、雰囲気変わったよね?」


「俺が?」


「うん。なんか、前よりも“遠い”って感じ。……誰か好きな人でもできた?」


 その問いに、神谷は黙った。


 図星だった。けれど、言葉にはしなかった。


「……まぁ、そういうのがあったとしても、“風紀”だし」


「うわ、出た。“風紀”。便利な盾だよね、あれ」


 ナナは少しだけ寂しげに笑った。


 


「……ごめんな」


「なにが?」


「気づいてるけど、気づかないふりしてて」


「……やっぱり、気づいてたんだ」


 ナナは立ち上がり、神谷の隣に歩み寄る。


「でもさ、いいんだよ。私は別に“彼女になりたい”とかじゃないし。ただ、近くにいたいなってだけで」


「……それ、けっこう難しいよ」


「知ってるよ。だから言ったんじゃん」


 


 沈黙が落ちる。


 けれど、その沈黙の中に、どこか切なさと、優しさが同居していた。


 ナナの感情は一方通行だ。

 けれど、神谷はそのまっすぐさに、いつも救われていた気もする。


「ありがとな、ナナ」


「……ほんと、そういうとこズルいんだよ、あんた」


 


 帰宅した夜、神谷はシャワーを浴びてベッドに寝転がる。


 スマホを開くと、あかりからの通知が届いていた。


『こんばんは。お仕事、今日もお疲れさまでした☕︎

 そういえば、もしよかったら今度、映画とかどうですか? 観たいのがあって……』


 胸が跳ねた。

 自然な誘い。でも、それがどこか特別な意味を持っている気がして。


(誘ってくれたんだ、向こうから)


 嬉しかった。何よりも。


 


 神谷はすぐに返信を打った。


『ありがとう。俺も映画行きたい。時間、合わせるよ』


 


 送信ボタンを押したあと、天井を見上げた。

 どこかで誰かの感情を切り捨てながら、別の誰かを選んでいく。


 それが恋なんだと、あらためて思った。


 


(俺は、あかりをちゃんと大事にしたい)


 だからこそ、この世界に“居続けていいのか”を、自分に問い直す夜だった。

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黒服大学生だけど、真面目系アパレル女子に恋してしまった僕の話 星秋 @hishi_ll

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