第27話 禁足地の攻防
石上神宮禁足地の警備は、防人たちが交代で行った。夜通し警戒を行うためには昼夜逆転した生活を送らなければならず、同じ人間が毎日続けることは難しい。
三日夜番を務めて三日休む。そういう形で二チームが夜勤交代を行うことにした。
玉置零士は自ら志願して警備に参加した。三日間の休みは体を鍛えるために使う。
零士は橘司との対決に心と体を研ぎ澄ましていた。
深夜の境内にアラーム音が鳴り響いたのは、警備態勢を敷いて九日目のことだった。
「『丑(北北東)』方向に反応! 止まりなさい! ここは私有地です。直ちに出て行きなさい!」
禁足地北北東の警備担当が無線をつないだまま、侵入者に呼びかけた。命令を無視されて初めて実力行使が許される。
十二支の方向それぞれに警備員が配置されている。持ち場を守りながら、「丑」と隣り合う「子(北)」と「寅(東北東)」担当警備員が「丑」担当者に近づこうとしていた。
「『酉(西)』方向に反応! 侵入者! 止まれ! すぐに出て行け!」
「『卯(東)』に反応! 出て行かなければ強制排除する!」
続けざまにアラームが鳴り響き、無線から怒号が聞こえてきた。
「多方向から同時に仕掛けてきたか。侵入者の数は?」
「『丑』は二名です!」
「『酉』は三名!」
「『卯』から二名!」
禁足地南方向を守る防人リーダーは急いで状況を把握した。侵入者の数は対応可能な範囲と判断できた。
「それぞれ侵入方向を中心にスリーマンセルで対応しろ! 特殊警棒の使用を許す。躊躇するな! 味方の安全を優先して対処!」
これだけ組織的な侵入をしておいて「道に迷った」などという言い訳は通用しない。退去命令を無視した者はまず拘束する。
会話するとしたらそれからであった。
「巳(南南東)」を担当している零士は「卯」の東方面が近い。侵入者の一人が橘司である可能性を考え、自分も対応に加わりたかった。
しかし、三方向の侵入者が
(くそっ! いっそこっちを襲ってくれれば……)
焦るあまり不穏な考えが頭をよぎる。
「がっ!」
「う、うう……」
「はぁっ!」
気合と苦鳴が夜の闇に響いた。
「各班状況を報告しろ」
「『丑』方向、侵入者一名を確保! もう一名には逃げられました」
騒動が収まったのを見定めて防人のリーダーは状況を確認した。
結局拘束できた侵入者は一名だけで、他の敵を確保するには至らなかった。
これは敵がナイフを持ち出して抵抗したためで、安全を優先した結果だった。闇の中を深追いすれば手痛い反撃を食らう危険があると判断したのだ。
「確保者は一名か。一人でも捕えられたのは幸運だった」
警備チームのリーダーは冷静だった。何かを守りながらの戦いは難しい。
禁足地の守備を固めながら敵の一名を拘束できたのは、上々の成果と考えていた。
「こいつを引き渡せば警察が動けるようになるしな」
石上神宮の禁足地が狙われるというのは、大崎たちの推測に過ぎない。そういう気がするから警察隊を出動させてくれというわけにはいかないのだ。
実際に襲われたという「事実」があれば、襲撃者の存在が疑われることはない。そのために多数の防犯カメラを一帯に仕込んであった。
警察が組織的に動けることになれば、警備体制は格段に充実する。限られた人数で対応する防人のシフト体勢とは雲泥の差であった。
「『キャンセラー』も上手く働いたようだな。これがあれば今後の戦いでこっちが優位に立てる」
拘束された侵入者はContinuity隊を率いる幹部だった。だが、零士が待ち望んだ橘司ではなかった。
「キャンセラー」を使った結果、男が使おうとした錬金術を無効化することができた。
この事実は大きい。
イオツナイト応用技術がContinuityと防人の勢力バランスを大きく動かしていた。そして、イオツナイト発明の事実とContinuityの存在が大崎たちの手によって世間に公にされた。
二つの秘密組織がつぶし合うステージから、国家権力と反社会勢力の戦いというステージに構図が変化した瞬間だった。
「司は……橘司を見なかったか?」
「いや、こっちにはいなかった」
「俺たちも見ていない」
Continuityと接触したメンバーに零士は熱っぽく食い下がったが、司を見かけた人間は一人もいなかった。
「くそっ! 逃げやがったか、橘司っ!」
やり場のない怒りに苛まれ、零士は右手の警棒を思い切り境内の地面に叩きつけた。
◆
大崎電器大阪研究所の敷地に侵入した橘司は、腕時計の文字盤を暗がりで確認した。
(今頃は石上神宮襲撃班が騒ぎを起こしている頃だな)
禁足地への襲撃、それ自体が陽動作戦だった。
いや、本来であれば、司もそこに加わっているはずだった。しかし、大崎が仕掛けたイオツナイトの発表を見て司は考えを変えた。
(勾玉に科学の光が当たる。錬金術と陰陽道の時代はここで終わるに違いない)
確かに「真なる勾玉」の力はすさまじい。言い伝え通りなら人間の生死を自在に操ることができる。
不老不死さえ絵空事でなくなる可能性があった。
(だが、所詮「一人の業」に過ぎない。
一人の力で救える人数には限りがある。だからこそ神の子は「奇跡」による救いをやめ、「赦し」によって全人類を救う道を選んだのではなかったか。
(だが、賢者の石を科学によって再現できるなら、その力を何千倍、何万倍にも拡大することができる)
「奇跡」を「日常」に変えることができるのだ。
司は陰陽道の限界を突破するために仲間を売ってまでしてContinuityに取り入った。陰陽道と錬金術を融合することによって、救世主の力を手に入れようとしたのだ。
かつてユダがそうしたように。
彼女が求めた「限界突破」は思いがけない形でもたらされた。
「イオツナイト」
吉田豪が曽爾村の玉造工房の発掘に着眼したのを知った司は、Continuityを動かして先行させた。
豪の研究成果を横取りするつもりだったのだが、前線チームが先走り、曽爾村役場の橋爪を事故に見せかけて殺害してしまった。
本来は豪の命を狙った偽装事故だった。だが、橋爪の車に豪は乗っていなかった。
事故に驚いた豪は、失踪して姿をくらました。実際には大崎の保護を求めていたのだが、防人のメンバーにも知らせず、大崎は豪の行方を完璧に隠すことに成功していた。
一方、吉田健人には母の紗枝を通じて防人の能力が遺伝していた。しかも、紗枝は健人に「布留の言」まで授けていた。
防人との接触により健人の中の能力が目覚め、大学で学ぶ電子工学知識と結合した。
そこに大崎電器の研究開発力が加わることによって、奇跡の発明が生まれた。
(それを神の御業というならそれでもいい。その奇跡の成果をわたしは盗む!)
陰陽道でも錬金術でも科学でもない。ましてや信仰でもない。
橘司という個人の手で、世界を変える力をつかみ取ってやる。
奇跡の力を追い続けた司の心は、いつしか「奇跡」と「自分」の境目を見失ってしまった。
このまま全人類の力になるはずだったイオツナイトのすべてを、自分一人の手に納めることが正しいことだと信じるようになってしまった。その執念が彼女を行動に駆り立てる。
(それを止めるものはすべて悪魔の手先。わかっているの、健人君?)
闇の中で司はにんまりと唇の端をつり上げた。
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