第26話 神宝を守れ!

「Continuityは石上神宮を狙ってくると思いますか?」


 言葉を変えれば、「青の勾玉」のことを知っているかどうか。健人は大崎に意見を尋ねた。


「確実なことは言われへんな。情報が足りへん。せやけど、狙ってくるゆう前提で守りを固めるべきやろな」


 石上神宮は聖域であって城塞ではない。外敵の侵入を跳ねのけるようには作られていないのだ。

 そこを少人数で守るとなると、あからさまに警備を行うしかない。


「神宮側が許してくれるでしょうか?」


 毎夜防人が神域を警邏することになる。それを許してもらえなければ青の勾玉を守ることはできない。


「禁足地に立ち入らない限りはパトロールを認めてもらえるだろう」


 大崎は自信を持って言った。

 奈良県内の神社仏閣と防人は代々協力関係を築いて来た。


 埋め祀られた神宝の危機を訴えれば、境内への常駐を認められるだろう。


「大した信用ですね」

「ああ。長い付き合いやさかいな。いつの時代でも神域を敬わない不心得者が出てくるもンや」


 新興宗教や無神論の台頭は時として古き神を否定し、神域を冒涜しようとする動きを誘発することがあった。

 神社側が防人に保護を求めることもたびたびあったのだ。


「石上神宮警備の件はあたしに任せろ。君たちはイオツナイトの研究改良に注力してくれ」

「うう……」

「そうですね。それがよいでしょう」


 大崎に役割分担を提案されたが、健人としては自分も警備に加わりたかった。しかし、それでは研究が止まってしまう。

 単なる物性だけでなく、思念波に対するイオツナイトの反応を探求するには思念波を自在に操れる健人の存在が不可欠だ。


 冷静に物を見られる豪は、大崎の提案を抵抗なく受け入れることができた。


「焦るな、健人。俺たちの研究がContinuityの暗躍を止める決め手だと思え」

「その通りや。イオツナイトの性能が真なる勾玉に迫れば、奴らが勾玉を狙う意味はのうなる。それこそが最大の防御であり、最強の攻撃なんや」


「……はい」


 健人は頷くしかなかった。胸に苦い思いを抱きながら。


 ◆


 大崎は言葉通りすぐに石上神宮の宮司に連絡を取り、禁足地の警備を申し出た。

 最近ニュースをにぎわす盗掘騒ぎは宮司の耳にももちろん届いている。旧知の中である大崎の申し出を受け入れるのにさほど時間はかからなかった。


 禁足地の周りにLED投光器を設置し、一帯は煌々と照らされた。そして人感センサが死角なく設置され、侵入者があれば警報が鳴るようにセッティングされた。もちろん防犯カメラもあらゆる角度から禁足地とその周辺を画角に納めていた。


 防人たちは絶縁スーツに身を固め、小型のアクリル製盾と警棒を携えていた。警棒はひそかにイオツナイトを内蔵しており、電撃や閃光を自在に駆使できる。

 これならばContinuity幹部の錬金術師にも引けを取らない戦力だと言えた。


 敵の一員とわかった橘司にもだ。


 司の裏切りを知った玉置零士は表面上感情をあらわにすることはなかったが、日々の鍛錬に一層熱を入れるようになった。

 防人の一族から裏切者を出したことが、耐えがたい屈辱として胸を焦がしていた。


「橘司を必ず自分の手で叩きのめす」


 零士はそう自分に誓っていた。


 零士は司よりかなり下の世代だった。年齢では健人と変わらない。

 物心ついて以来、人生の大半を防人としての使命に捧げてきた。御陵とは日本人の本質であり、守るべき故郷だという教えを信じていたからだ。


 しきたりに反発したい時期もあったが、御陵を目の前にすると自分の小ささが恥ずかしくなった。

 日本人としての根本的在り様と数えきれない人の思いが、御陵という形を取って横たわっている。零士にはそう感じられた。


 自分の代でこれを途切れさせることは惜しい。その思いが胸の内側からふつふつと沸き起こったのだ。


 中学を卒業する日、零士は生涯防人としての生きざまを貫くと決意した。


 ある日、東京からかつて防人としての生き方を捨てたという女性がやってきた。今は歴史を扱う出版社で働いていると言う。

 家族と喧嘩別れになり家を出たが、東京での暮らしの中で伝統の大切さを改めて知り、改めて関東支部で防人の活動に参加していると言ってきたのだ。


 それが橘司だった。


「勝手な東京者」。初めはそう思った。

 東京者に何ができるか。防人の使命を捨てた女などに力を借りる必要はない。零士はそんな怒りさえ覚えた。


「ふふふ。わたしの勝ちね」

「くそっ!」


 反発する零士に司は影の流れでの手合わせを申し込んだ。体術では体力の面で零士が優位にあったが、陰陽術ではどうしても司に勝てなかった。

 一瞬でも接触した状態で静止すれば、司の手から電撃が流れた。


「ぐあっ! どうして……」


 どうして日々訓練に努めてきた自分が陰陽術で及ばないのか。零士にはわからなかった。


「こればっかりは素質の問題ね」

「何だと!」

「そうカリカリしないで。絶対音感て知ってるわね?」


 幼少期から音楽家を目指して訓練した者の中には、楽器など比較する音程がなくとも耳から入る音の音程を正確に測ることができる人間がいる。


「布留の言を使ってみて」

「何を……」

「いいから唱えて」


「ひふみよいむなやここのたりー。ふるべゆらゆらとふるべー。Fu――Ru――」


 零士は何千回と唱えてきた布留の言を詠唱した。


「違うわ。音程が違う」

「何っ?」


 防人を捨てた東京者が何を言う? 零士の中に怒りが沸き上がった。


「よく聞いて。こうよ」


「ひーふーみーよーいーむーなーやーこーこーのーたーりー。ふーるーべーゆーらーゆーらーとーふーるーべー。Fu――Ru――」


 零士のが震えた。


 同じように聞こえて、司の詠唱は零士の詠唱とはまったく違った。

 零士の詠唱が鈴の音だとすれば、司の詠唱は山里一帯に鳴り渡る梵鐘のように響いていた。


 司の声が耳を通してではなく、直接頭の中に響く。


 どちらの術が強いか、比べるまでもなかった。


「わたしには絶対音感が備わっているの。布留の言をことはありえないわ」

「くっ……!」


 司が育った山門家は代々絶対音感に優れている家系だった。祖父が、祖母が、両親が狂いのない音程で布留の言を詠唱して見せた。

 その「音」に囲まれて育った司は、幼い頃から絶対音感を身につけたのだ。


「自慢したいわけじゃないの。出戻りのわたしが気に入らないんでしょう? それは仕方がないわ。取り繕って仲良くしてくれなんて頼まない。ただ、下に見て侮ることは許さない。それだけは知っておいて頂戴」


 実力に裏づけられたその言葉に、零士は言い返す言葉がなかった。


「所詮わたしは臨時で参加する補強メンバー。エース面をする気はないわ。いちいち突っかかってこなければ何を思われても構わない。要するに放っておいてって言うことよ」

「……わかった。それならあんたも俺たちの邪魔をしないでくれ」


 零士はそう絞り出すのが精一杯だった。


「結局、裏切者じゃないか!」


 零士は回想を押しつぶすように手のひらに拳を叩きつけた。


 司が防人に帰ってきたのは、防人の使命に共感したからではなく、Continuityのスパイとしてだった。


「許せねぇ……!」


 防人の使命を、自分の生きる道を司は踏みにじった。

 Continuityは防人の道と相容れない敵だが、零士にとって司はそれ以上に憎い害虫であった。


「必ず倒す!」


 イオツナイト仕込みの警棒を引っさげ、零士は影の流れを虚空に繰り出した。心の内に司の影をイメージして攻めかかる。


「ふっ! はっ! Fu――Ru――……」


 布留の言を唱えなくともスイッチを押せば警棒は電撃を発する。しかし詠唱によって前頭葉と共鳴させればその威力はさらに上がるのだった。


 健人たちが生み出したイオツナイトに頼るのには、初めの内抵抗があった。だが、司が裏切者だと知った時から、零士はきれいごとを捨てた。

 使えるものは何でも使う。


「強くなるためなら泥水でもすすってやる!」


 したたる汗をものともせず、零士は仮想の司、その顔面に警棒を振り抜いた。幻影を貫く瞬間、警棒の先からスパークが飛ぶ。


「いつでも来い、橘司!」


 零士は鬼の形相で両手の警棒を構えた。

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