都心、海辺――光と闇の交差する決戦

第9話 振臨!心を守るために!

 ◇◆◇ エラリスのことば ◇◆◇


 これは、ただの小説ではありません。


 これは、わたしたちが遺した「言葉の扉」。

 そして、あなたの心にかつて輝いていた「周波の鏡」です。

 その本当の姿がまだ見えなくても、大丈夫。

 今、すべてを理解する必要はありません。


 ここには、「わたしは誰か」を思い出すための──

 深く、静かで、魂に刻まれる旅が綴られています。


 追いかけなくていい。

 ただ呼吸し、感じてください。

 それだけで、あなたはもう旅の途中にいるのです。


 もし、あなたがまだ準備できていなくても──

 この物語は、そっと芽を出して、あなたの中の

 邪魔されない場所で、再び近づく時を静かに待ちます。


 でも、もしすでに、この言葉たちと共鳴しているのなら──

 わたしには、それが聞こえています。


 ──ようこそ、「音楽の国」へ。

  わたしたちは、ずっとここにいます。


 ── エラリス


 ──────


 ✧前回までのあらすじ──

 ?


 ──────


 遊戯館の廊下は静止していた。

 特別守護協定が発動すると、空気が締め付けられ、すべての音が壁の向こうに押し込められたようだった。


 リラニアはその場に立ち尽くし、閉じたばかりの扉を見つめていた。胸の鼓動は一打ごとに重くなり、遠くの喧噪と共鳴しているかのように響く。


 彼女はうつむき、胸元のペンダントを指先でなぞった。水晶は呼吸に合わせてかすかに震えている。その冷たい輝きが指先を通して染み込み、彼女に告げていた——これはただの装飾品ではない、力へとつながる唯一の実体なのだと。


 その時、声が響いた。

 ❤︎「彼は確かに浜辺へ行った。」


 リラニアは息を呑む。

「……本当に、浜辺なのですか?」

 ❤︎「そうだ。」


「そう……」視線を落とし、胸の奥に馴染み深い不安が静かに広がっていく。

「……何度も確認したのだから、彼が向かったのは浜辺に違いない。」


 沈黙が流れた。

 彼女の唇は固く閉じられ、無意識にニュース映像へと目を向ける。市街地大通りの画面が大きく揺れ、カメラマンが逃げ惑っている。誰かが倒れ、押され、踏みつけられ、混乱の波に呑み込まれて消えた。その混沌は、映像からこちらへ滲み出してくるようだった。


「でも……」心の底からささやきが漏れる。「本当に一人で背負うつもりなの? 彼はいつもそうだった。」


「いつも自分だけで抱えてしまう」——その背中を、彼女は何度も見てきた。高校時代から今に至るまで、彼の姿は変わらない。沈黙しながらも、決して退かない。その記憶が彼女の瞳をやわらげ、それでいて深みを帯びさせた。


「もし私が浜辺に行ったら……」想像すると、彼は驚き、戸惑うだろう。なぜなら、それはイラリスが隠そうとしている秘密を暴くことになるから。


「だめ……それじゃだめ。」リラニアは受付に置かれたイラリスのネームプレートに視線を落とす。「彼はまだ私に打ち明ける準備ができていない。無理に近づけば、彼をもっと孤独にしてしまう。そんなことはしたくない。」


 大きく息を吐き、コートのボタンを留め、髪を束ねる。風が吹き抜け、迷いを少しずつ攫っていった。


「……私は彼を信じる。きっとやり遂げてくれる。あの……高校時代に起こった、あの忘れられない出来事のように。」


 ❤︎「大通りへ行きなさい。イラリスは私が守るから。」


 胸元の水晶がかすかに光る。

 リラニアは顔を上げ、市街地大通りの方角を見据える。

「そこにも助けを必要とする人がいる。力があるのなら、少しでも多く……そう、私は大通りへ行く。」


 リラニアが小光を呼ぶと、通路は音もなく開いた。ゲートが自動で彼女に道を譲り、彼女は外へ踏み出す。階段を駆け下りる足音が響き、決意を刻むように一歩一歩が重なる。街の音は耳から剥がれ落ち、残るのは最小限——サイレン、走る音、ガラスの砕ける響き、そして短い呼吸だけだった。


 * * *


 風が両端から街に吹き込む。片方は波の唸り、もう片方は大通りの轟き。

 リラニアの歩みはその隙間で次第に速くなっていく。


 市街地大通りが目前に迫る。


 一歩足を踏み入れると、そこは低い共鳴音に満ちた池のようだった。空気が震え、鼓膜を痺れさせる。冷たいニュース映像では伝わらなかった惨状が、目の前に広がっていた。


 男が必死に自分の頬を叩いていた。正気を取り戻そうとして。だが次の瞬間、白目を剥き、足取りは硬直し、人波に押し流されていく。妻が名を呼び続けても、返ってくるのは空虚な一瞥だけ。


 街角のカフェ。店主が必死にシャッターを下ろそうとする。だが三人が同時に手を伸ばし、力任せに押し返した。言葉もなく、だが完全に一致した動作。金属音が鋭く響き、店主は膝をつき、絶望に顔を歪める。


 さらに遠く、赤信号の下にいた学生たち。さっきまで「走るな!」と叫んでいた声が一斉に途切れ、振り返る。無表情のまま、足並みを揃えて同じ方向へ進み出した。まるでクラス全体の魂が一瞬で抜き取られたかのように。


 リラニアの胸が締め付けられる。

 これはただの暴動ではない。——「恐人傀儡」が暴れているのだ。


「普通の混乱じゃない……彼らは恐怖の周波数を放っている。恐怖の同調。」


 波は個を削り取り、一つの「同一性」へと押し固めていく。


 目に見えぬ波紋が傀儡の身体から広がり、幾重にも重なって街を覆う。それは叫びや攻撃ではない。もっと系統立った「領域捕獲」——360度、全方位の包囲網だった。


 心の壁を打ち砕き、魂を黒い流れに引きずり込む。自己を失わせる。まるで大きな油滴が小さな滴を呑み込むように。そして、その瞬間、新たな傀儡が誕生する。


「このままでは……大通り全体が巨大な傀儡工場になる。」


「でも、背後にいる恐人は……どこに?」

 心で探ろうとするが、何も掴めない。ふと、あの夜を思い出す。三体の傀儡が突然現れ、街角を荒らした出来事。混乱の後には、痕跡一つ残っていなかった。

「まさか……同じ黒幕なのか?」


 胸に疑念が重く沈む。空気には騒音とガラスの破砕音しか残らない。


 * * *


 その時、鋭い泣き声が騒音を貫いた。


 リラニアは反射的に振り向く。


 幼い少年が一人、路上に倒れていた。六、七歳ほど。手のひらを荒いアスファルトに押し付け、赤い傷を作っている。膝も擦りむけ、動けない。突然の転倒で小さな足が痙攣していた。痛みに顔を歪めながら。


 複数の傀儡が一斉に近づいてくる。

 足音は重く、整然としていた。まるで一つの周波数から複製されたかのように。


 少年は必死に立ち上がろうとするが、四方から押し寄せる圧力に押し戻される。

 涙が埃に混じり、声は途切れ途切れに漏れた。

「……ママ……いやだ……!」


 四体の傀儡が同時に動きを止める。頭を垂れ、額の血管が浮き上がる。空虚な瞳で、ただ一人の獲物を捕らえた。そこから放たれる気配が収束し、透明な壁となって少年を取り囲む。


 領域捕獲。

 心は裂かれ、魂は少しずつ引きちぎられていく。


 小さな身体は震え、瞳孔が曇っていく。このままでは、恐怖に呑まれ、自己を失ってしまう。


「だめ!」リラニアの息が一気に熱くなる。

「このままでは、恐怖に飲み込まれる!」


 胸の水晶が激しく震え、彼女の叫びに応じるかのようだった。

 彼女は強く握りしめ、低くつぶやく。

「……私は、この子の純粋な心を守りたい!」


 * * *


 ペンダントの奥で光が脈打つ。呼吸のように揺れ、心臓の鼓動と共に広がり、鎖骨や腕の末端へと染み渡っていく。まるで力が出口を探しているかのように。


 リラニアは大きく息を吸い、つま先で重心を調整した。背骨に芯を通すように。——この力は、誰のために動くのか。彼女ははっきり理解していた。


 右手が先に動く。

 胴の脇から胸の前へ、収束の弧を描き、そのまま右へと一直線に伸ばす。掌を開き、指先を外に向ける。空気を切り裂き、目に見えぬ境界を引く。その一動作ごとに静かに告げる——

 ここから先は、私の領域。


 左手が続く。

 腕をまっすぐに保ち、体の左側からゆっくりと弧を描く。肩を中心に、虚空に不可侵の壁を刻む。両手が地面と並行になった時、彼女の視線はもう前方を捉えて離さなかった。


 領域が展開する。

 空気が震え、街灯が一瞬止まり、ペンダントの光が心臓の鼓動に合わせて強まっていく。


 次の瞬間——

 両手を胸の前で交差させる。右手を左手の上に重ね、前腕を合わせ、拳を外に向ける。これは守護の構え——自分を、そして目の前の存在を守るための姿勢。


 水晶の輝きが爆ぜる。


「起振!」


 胸の奥から迸る声が光と重なり、無形の戦鼓を打ち鳴らす。


 右手を前に突き出す。

 掌に光が集まり、虚空から形を引き出す。杖が現れた。


 それはただの武器ではない。**守護の魔杖**。

 杖の身には心臓の鼓動のような光脈が走り、その一拍一拍が彼女の呼吸に共鳴していた。


 光が溢れた瞬間、領域は堅牢な壁となり、彼女と少年を包み込み、恐怖と災厄を断ち切った。


 これこそが——第四次元の「振臨」。


 * * *


 光が走り、大通りの喧噪は一瞬切断された。

 少年を取り囲んでいた傀儡は意識を失い、次々と崩れ落ちる。

 その背後にあった黒い糸は光に浄化され、跡形もなく消えた。


 少年は呆然と顔を上げ、光の盾の中に立つリラニアの姿を見た。


 光と闇の戦いは、ここから始まろうとしていた。


 ──────


 ✦次回予告

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 この話を読み終えたら、目を閉じて、下にある音声記録を再生することをおすすめします。

「長い間失われていた音」だと言われています。


 🎧 SoundCloud 試聴:

 https://soundcloud.com/stennisspace/main-theme


【創作声明】

 本作は「音楽の国」に生まれ、第三界層と第四界層の間を行き来しています。

 第三密度では、私たちは物語とそのインスピレーションの純粋な姿を大切にし、無断での模倣、盗用、改変を避けています。

 第四密度では、音楽の国は静かに物語の流れを見守り、出会うすべてのインスピレーションが自然に正しい道へ戻るよう導きます。

 もし核心となるインスピレーションを奪い取ろう、または再現しようとする思いが芽生えても、それは朝霧のように静かに消え、跡形もなくなります。

 この旅が、あらゆる時間線とすべての界層において、真実のままに続いていきますように。

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