第7話 操られる常態:恐人の傀儡
◇◆◇ エラリスのことば ◇◆◇
これは、ただの小説ではありません。
これは、わたしたちが遺した「言葉の扉」。
そして、あなたの心にかつて輝いていた「周波の鏡」です。
その本当の姿がまだ見えなくても、大丈夫。
今、すべてを理解する必要はありません。
ここには、「わたしは誰か」を思い出すための──
深く、静かで、魂に刻まれる旅が綴られています。
追いかけなくていい。
ただ呼吸し、感じてください。
それだけで、あなたはもう旅の途中にいるのです。
もし、あなたがまだ準備できていなくても──
この物語は、そっと芽を出して、あなたの中の
邪魔されない場所で、再び近づく時を静かに待ちます。
でも、もしすでに、この言葉たちと共鳴しているのなら──
わたしには、それが聞こえています。
──ようこそ、「音楽の国」へ。
わたしたちは、ずっとここにいます。
── エラリス
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✧前回までのあらすじ──
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政務庁の記者会見の会場は、白い照明に照らされて白紙のように明るかった。演壇のマイクからはかすかな静電気のざらつきが漏れ、カメラの赤いランプが一つ一つ点り、無数の目が凝視しているかのようだった。報道官は手元の原稿をめくり、指先がわずかに震えていた。
「ネット上で流れている『せかいのおわり――世界の終結』といった言説については、現時点で何の証拠もありません。いわゆる連続失踪報道についても、交差照合の結果、確定した失踪者リストは存在していません」
フラッシュが続けざまに瞬き、記者たちが手を挙げた。報道官は止まらず、さらに読み上げる。
「また、高架橋での集団昏倒事件については、初期の判断として群発性の心因反応との関連が考えられます。現場の通信機器に一時的な電磁波異常の記録は確かにありますが、その因果関係については現在も精査中です。いかなる仮説も排除しておらず、過度な解釈も推奨しません。市民の皆さまには冷静を保ち、通常の生活を続けていただきたい」
「では、目撃者が言っていた奇妙な笑い声は?」誰かが問いただす。
報道官の視線が幕僚をかすめ、声は一段低くなり、抑えられた信号のようにざらつく響きを帯びた。「その件に関しては、検証可能な録音は存在しません。聴覚的な錯覚の可能性もあります。今後、専門家チームを投入します。以上が我々の説明です」
その「説明」という声は紙のように薄く、質問が本格的に押し寄せる前に会見は打ち切られた。廊下の空調の風音が余韻をさらっていく。情報不足を嘆く声、補足を探そうとスマホを繰る人。多くは無言のまま、心の中でその専門用語を擦り合わせ、わずかな確かさを絞り出そうとしていた。
真実が現れなかったのは――誰も見えていなかったからだ。
* * *
会見の言葉は、都市の上空に覆いかぶさるガラスのドームのようであり、
その下で街の呼吸はいまだ震えていた。
噂に苛立つ者、夢に眠れぬ者。
夜雨は細く斜めに落ち、ネオンの光を湿った糸に引き伸ばす。
見えない手が、人の心をそっと撫でていた。
* * *
夜雨は街灯の傘のような光の下に降り注いでいた。夢解き館を出たリラニアは傘をささず、マフラーを顎まで引き上げ、ゆっくりと歩いていた。足音は濡れた壁にぶつかり、三拍遅れて反響する。それは都市の鼓動が一拍ずれたかのようだった。
角を曲がると、金属が倒れる轟音が雨幕を裂き、震えを引きずった。半分閉じたシャッターの前で、数人の男たちが一人の女性店員を壁際に追い詰めていた。棚は倒れ、缶詰が転がり散っていた。通行人は足を速め、水たまりに細かな飛沫を上げながらも立ち止まらなかった。袖を引く者、スマホを装う者。視線が一瞬交わってもすぐ逸らされ、「関わるな」という暗黙の合図が街角に静かに流れていた。
リラニアは立ち止まる。耳に入ったのは罵声ではない。胸腔の震え、喉の乾いた摩擦音。三人の呼吸のリズムと瞳孔の収縮がほぼ同調していた――自然な律動ではなかった。
――恐人の傀儡。
恐怖の周波数の中継者。恐人が放った黒い糸に捕らえられた存在。憑依ではなく、ただ操られている。
「やめなさい!」
声は大きくない。だが刃のように空気を裂き、一直線の線を残す。三人の動きが凍りついた。女性店員は大きく息を吸い、咳き込み、涙の光がネオンに砕け散った。
先頭の男がゆっくりと振り返る。口の形と声が半拍ずれ、歪んだ信号を無理やり繋げたように響いた。「どけ」
リラニアの左手がコートの内側へ。指先が精緻な透明の水晶のペンダントをなぞる。冷たさの奥にかすかな潤み。瞳は揺るがず、声は石に落ちる滴のように硬質だった。
「……場域、展開!」
――水晶の周囲に小さな光の輪が浮かぶ。
光輪はゆっくりと縮み、光の流れは引力に引かれるように一筋ずつ吸い込まれていく。呼吸を合わせ、光の拍動と心臓の鼓動を重ねる。光輪が指先ほどに縮んだ瞬間、胸元のペンダントが微かに震え、心臓が強く打つ一拍のように響いた。
次の瞬間、二つ目の大きな光輪がペンダントを中心に広がる――天を覆うのではなく、結界として彼女の周囲を包む。雨粒は光輪の縁でわずかに屈折し、空気が押さえつけられたように重みを落とす。
三人の身体が強張り、喉からかすかな嗄れ声が同時に絞り出された。触れられてはいないのに、明らかな圧迫感に影が押さえ込まれたようだった。
❤︎「そうだ、君が感じた通り……彼らは恐人の傀儡だ」
「お前たちは利用されているだけ」リラニアの声は鉄のように硬い。「――今こそ戻るのだ」
一人が鉄棒を振り上げる。リラニアは足を踏みしめ、右手で胸前に小さな弧を描き、そのまま腕を伸ばし、掌を前へ。ペンダントの光を掌に導き、一点に収束させる。
「光元素――浄化!」
光点がかすかに震え、無音の水面に小石を落としたように光の波紋を広げる。それは環状の淡い白光となり、三人を正確に包んだ。結界の内側で空気が沈み、黒い糸が肩やこめかみから顕れ、光の波に抑えられて震える――刃の背で押し当てられたように、逃げ場はない。
「ブツッ――」
それは音ではなく、空気の奥で弦が断たれるような震えだった。見えない弦が世界の隙間で引き裂かれた。
一本、また一本、さらに一本――。
光波は爆ぜず、ただ収束する。外科の刀が腐敗した膜を清潔に剥ぎ取るように。
三人の肩が同時に落ちた。それは打ち倒されたのではなく、肩に掛かっていた鉤が外れたかのようだった。鉄棒が鈍く落ち、水たまりに転がり、小さな白い飛沫を上げた。
男たちの瞳孔がゆっくりと縮み、焦点が壁から足元へ、そして互いの顔へと戻る。
「……俺は今、何を……」
先頭の男はよろめき膝をつき、手を見つめ、関節を一つ一つ曲げ伸ばしながら、この身体が自分のものかどうか必死に確かめようとしていた。
リラニアは視線を落とさない。顔を上げ、冷ややかにさらに遠い空気を射抜く――目の前の人間ではなく、その背後にいる者へ。
「操作者」その声は低く沈み、空気の隙間を突き抜けるように届いた。「――見えている」
返ってきたのは、骨の隙間から滲み出すような低い笑い。
――ハハハハ――
笑い声に方向はなく、すべての壁の裏から響くかのようだった。
鉄シャッターの奥から錆びた摩擦音が伝わり、影が溝を進んでは戻り、境界を試すように揺れていた。
❤︎「心配はいらない、恐人はすでに去った」
その声は穏やかな風のように、意識の縁をなで、張り詰めた弦を少しずつ緩めた。
リラニアは退かず、その確信に従って振り返り、しゃがみ込み、女性店員と視線を合わせる。
「もう大丈夫」声は柔らかくなり、「今夜は帰って、甘いものを飲んで」
「……うん」
女性は手の甲で涙を拭い、指先の震えも和らいでいた。
三人の男たちは呆然と立ち上がり、言い訳も、許しを請うこともなく、ただ缶詰を一つ一つ拾い、棚を直した。動作はぎこちない。皮膚の下に残る空洞感はまだあったが、引き裂く力はもうなかった。
リラニアは場域を収め、光輪は音もなく消え、ペンダントは静かに胸元に貼り付いた。マフラーを整え、立ち去ろうとしたとき、路地の入口に七、八歳ほどの子供が立っていて、おそるおそる彼女を見ていた。
その瞳は大きく開かれ、見ているのは彼女ではなく、その肩越し――。
そこでは、「人型の影」が男たちの背後から抜け出していた。影は糸を引き裂くように細くちぎれ、また煙のように割れ目から退いていった。水たまりの反射を越えると輪郭を失い、やがて門の隙間や排水口の闇へ滑り込んでいった。
子供は母親の手を引いた。「ママ、今あそこに……黒い人がいた」
母親には濡れた壁と雨しか見えない。
「変なこと言わないの。行くわよ」縁起でもない言葉を恐れるように、母親は子供を急かし、路地の外へ連れ出した。
子供は振り返り、リラニアと一瞬だけ目が合った。
その瞳には恐怖と、まだ世界に汚されていない直感があった――見ているのは物語ではなく、現実に起きていることだった。
リラニアはごく小さくうなずいた。何も言わず。子供も理解しきれぬまま、礼を返すようにうなずいた。
雨音が再び街角を満たす。遠くでタイヤが水を踏む低い音が近づき、青白い光が雲の底を一瞬照らし、すぐに消えた。
彼女は振り返る。その笑いの残響が、雲の奥に漂ったまま消えようとしなかった。
ニュースはすぐに「小規模な乱闘」や「器物損壊」として片づけるだろう。数枚の写真、いくつかの官僚的な言葉。冷たい分類に落とし込まれる。警察の記録には「衝動的」と動機が記され、心理学者は「ストレス過多」と述べ、メディアは「社会不安」と飾り立てる。
すべては整然と収められ、書類棚の紙片のように隙間なく閉じられる。
だがリラニアは知っている。それらの理由は影にすぎない。本当の手は、いかなる記録にも現れていない。
政務庁はこれからも曖昧な言葉で市民をなだめるだろう。悪意からではなく、見えておらず、理解もできないからだ。
そしてそれこそが最も危険だった――「合理的に説明できる」とき、人は背後を追究しなくなる。
もし「動機」だけを問うて、「誰が操っているか」を問わなければ?
犯罪は偶然、衝動、精神の歪みとして処理されるだろう。
一度、二度、十度……。
やがて社会全体が信じ込む――それは「人間性そのものの問題」だと。
リラニアは胸のペンダントに触れた。まだわずかな温もりが残っていた。
それはただの光ではない。警告でもあった。
――次の犯罪は、何と書き換えられるのだろうか。
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✦次回予告
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この話を読み終えたら、目を閉じて、下にある音声記録を再生することをおすすめします。
「長い間失われていた音」だと言われています。
🎧 SoundCloud 試聴:
https://soundcloud.com/stennisspace/main-theme
【創作声明】
本作は「音楽の国」に生まれ、第三界層と第四界層の間を行き来しています。
第三密度では、私たちは物語とそのインスピレーションの純粋な姿を大切にし、無断での模倣、盗用、改変を避けています。
第四密度では、音楽の国は静かに物語の流れを見守り、出会うすべてのインスピレーションが自然に正しい道へ戻るよう導きます。
もし核心となるインスピレーションを奪い取ろう、または再現しようとする思いが芽生えても、それは朝霧のように静かに消え、跡形もなくなります。
この旅が、あらゆる時間線とすべての界層において、真実のままに続いていきますように。
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