第8話 壁の向こう

薄暗い拠点の空気には、まだ焼け焦げた機械の臭いが残っていた。

ノアは立ち上がり、使い込まれた剣を点検する。刃は欠けていた。

クラリスもまた、槍の穂先を指で拭っては軽く眉をひそめる。


「拠点で休むって決めてたのに、こんな歓迎があるなんてね……」


「休ませる気がないな、ここは」


ノアは床に散らばった部品のひとつ──欠けた機械の腕を蹴りやる。

鈍い音が響き、ようやく空間に静けさが戻ってくる。


だが、その静けさは、次の行動を促すための“間”に過ぎなかった。


「……クラリス。調べておきたい場所がある」


「うん、私も同じこと考えてた」


二人の視線は、拠点の扉へ向けられていた。


窓の表示は安定し、現在は【警戒モード:低】となっている。

そのためか光の道がない時以外は閉じている扉が開いた状態だ。


「拠点に直接侵入されたってことは……周囲にある何かに“繋がっている”」


「行きましょ。あの機械の素材も、もう少し集めたいし」


ふたりは拠点の扉をくぐり抜け、外の世界へ再び足を踏み出す。


踏み出した先の空間は、灰色の地形だった。

後ろを振り返るとそこには大きな壁。


「ここは、あの壁の向こう側か?」


 歪んだ構造物がぽつぽつと並び、どこか人工的な違和感を漂わせていた。

 金属の柱が突き立ち、内部には動力らしきものが通っている。錆びかけた銅線、露出した歯車、ところどころに焦げた痕。


「誰かが建てたか、あるいは……」


 ノアは近づき、柱の根元に落ちていた破片を拾い上げる。先ほど戦った機械と同じ材質の金属だった。


「やはり、あの機械どもと関係してる。もしかすると、ここが“あいつらの入口”かもな」


 クラリスも無言で頷く。


 そのときだった。


 ──カチリ。


 金属の噛み合う音が響き、塔の根元に埋もれていた地面が揺れる。砂を跳ね飛ばしながら、地面の一部がゆっくりと開いた。


「来るよ!」


 クラリスが身構えると同時に、そこから姿を現したのは――以前の個体とは異なる、より無骨で重装甲の機械兵だった。


 円形のボディに脚部を三本持つ構造。中央のコアが青く発光しており、敵意の信号を露わにするように、ブン、と唸る音を立てて旋回する。


「防衛用機兵か……。今度のは厄介そうだ」


 ノアは剣を構え直し、欠けた刃の手応えを確かめる。クラリスの槍も、既に間合いを見据えていた。


「だけど、私たちを止められると思わないことね」


 次の瞬間、三本脚の機械が跳ねた。


 低く、だが信じられない速さで――地を這うように襲いかかってくる!

 低い機械音と共に、三本脚の機兵が跳ねた。


 ノアが咄嗟に身を沈め、剣を構える。クラリスもすでに横へ跳び、反射的に間合いを取る。


「動きが早い……っ!」


 機兵は地面を削りながら直進し、残像のような軌跡を描いてノアに迫る。ノアは寸前で回避し、斜めに剣を振るった。


 キィィンッ!


 金属を弾く高音が響き、刃の欠けた剣がわずかに機兵の装甲を削るも、致命打には至らない。


「装甲が厚いな、こいつ……!」


「背中が甘い! 私が引きつける!」


 クラリスが声を上げると同時に、横から鋭く槍を突き込む。その一撃が機兵のセンサーらしき部位をかすめ、機体が一瞬だけぐらついた。


 ノアはその隙を逃さない。


 地を蹴って踏み込み、低く構えた剣を一閃。今度は機兵の脚部の関節へ向けて、力任せに叩き込む。


 バチン、と火花が散った。三本あるうちの一本の脚がわずかに軋み、機兵がバランスを崩す。


「効いてる! 脚を狙えば転ばせられる!」


「でもあの青いコア、あそこが本命……だよね?」


 クラリスが冷静に見定め、槍をくるりと回転させてから構えを取り直す。視線の先には、機兵の中心にある光るコア。


 機兵は低い唸りを発し、口のような部位を開いて何かを装填する――


「……クラリス、跳べ!」


 ノアの叫びと同時に、機兵の腹部から青白い光が発される。直後、鋭い光が一直線に走った。


 熱が地面を焼き、灰色の土が跳ねる。


 二人は反射的に回避行動を取り、かろうじて直撃を免れた。

 だか、あの光を放つ瞬間奴から放たれていた機会音が全て消えた。


「攻撃の前に、動きが止まる……あの間が攻撃の絶好の機会!」


「なら、私が囮になる!」


 クラリスが素早く前へ出る。機兵は即座に反応し、コアが彼女を追って旋回を始める。


 その背後へ――ノアが音もなく滑り込む。


「……次で仕留める!」


 ノアは剣を構え、息を殺す。すでに全神経を集中させ、狙いはコア一点。


 クラリスがギリギリまで機兵を引きつけた瞬間、足元へ転がるようにして飛び退いた。


「今よ!」


 ノアが吼える。


 ――一閃。


 刃の欠けた剣が、青いコアへと深く突き立った。


 激しい火花と共に、核が脈動し、断末魔のような電子音を発しながら機兵は大きく仰け反る。


 数秒後、機兵は重力に従い、地面へと崩れ落ちた。


 動かない。


 蒸気が立ち上り、ようやく辺りに静寂が戻る。


「……やったか?」


 ノアは剣を鞘に戻し、崩れ落ちた機械の亡骸を見下ろした。


 無数の火花を散らした芯――青く輝いていた光の玉は、すでに脈動を止めている。かすかに立ち上る煙と、油の焦げた匂いが空気に残っていた。


「……こいつ、ただの番人じゃなさそうだな」


 そう言って、ノアは屈み込み、機械の腹部を探る。装甲の奥に、金属の箱のようなものが見えた。


 手を伸ばして引き出すと、それは拳ほどの大きさの四角い装置だった。無地の金属だが、表面には奇妙な模様が彫られている。触れた瞬間、それが淡く光り始めた。


 直後、空中に淡い影が浮かび上がる。


 霞んだ映像。誰かが何かを語っているようだったが、言葉も姿もはっきりとはわからない。まるで、深い霧の中から何かが手招きしているような、不安定な残像だった。


「……絵が動いてる。すごいな」


関心しながらもその映像を注視した。


「何かの案内?」


 ノアが眉をひそめる。クラリスもその様子をじっと見つめた。


「でも、わざとぼかしてある感じがする。誰かが、簡単に見られないようにした……そんな気がするわ」


「何かを守ってるか、隠してるってことか」


 ノアは四角い装置をそっとしまい込み、周囲に目を走らせた。


 塔の根元は、焼け焦げた地面と崩れた構造物に囲まれていた。よく見れば、ところどころに歯車のようなものや、金属片が散らばっている。


 そして――


「ん……足元、沈んだ?」


 ノアが小さく呟いた。何気なく踏み込んだ一歩が、土台をわずかに沈ませたのだ。


 すぐにその場をどけ、踏んだ部分を確かめると――そこには金属の板があった。薄い板の縁に、わずかな隙間と通気のための細い穴。


「下に……空間があるな」


 クラリスも覗き込み、周囲を警戒する。


「罠じゃなさそう。だけど、何かが隠れてるっていう空気はある」


「行ってみるか。さっきの機械どもが湧いてきた場所かもしれないし」


 ノアは膝をつき、手をかける。


 ――ギイ……


 きしむ音とともに、鉄の板がわずかに開く。下からは冷たい風が吹き上がり、かすかに油と土の混じった匂いがした。


「……やっぱりあるな、通路だ」


「降りる?」


「行こう。今のうちに調べておかないと、また後で襲われるかもしれない」


 ノアが先に飛び降りる。着地したのは、石造りの床。狭いが、十分に歩ける通路だった。壁には鉄の管が這い、かすかな明かりが灯っている。

 すぐ後からクラリスも降り立つ。


 薄暗い地下通路。沈黙の中、二人は肩を並べ、奥へと歩き出した。

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