「とりあえず、航大は気にしなくていいわ」


 莉穂は航大の倒した椅子を直して再び栞を座らせた。そして、自分も近くの椅子に腰を下ろして栞を見た。


「私たちは三人とも五組でね、私はクラス副委員長の莉穂。航大とは幼なじみで、半ば強制的にこの部に入れられたの」


「莉穂のばあちゃんは知る人ぞ知る、霊能力者なんだ。元々、そういう家系で莉穂はその血を受け継いでいる。このヤバい別館だって、毎日莉穂が結界を張ってこの教室ごと俺らをまもってんだ」


 なぜか航大が得意げに言うと、莉穂は不満そうにため息をつく。


「そんな風に思っているの、航大だけよ。結界を張るって言っても、おばあちゃんから伝授された祝詞を唱えるだけだもん。私は人より霊感が強いだけで、何かできるわけじゃない」


「俺を疑うの? 莉穂のばあちゃんは浄霊に長けていたんだ。その能力が莉穂にもあると思う」


 航大に真顔で言われると、莉穂はプイッと横を向いた。

 それが照れ隠しだとわかると、栞から笑みがこぼれた。


「莉穂ちゃんって、かわいいのね」


「う、うるさいなあ。次! 彬の番だよ!」


 莉穂が座っていた椅子を離れて窓際へ行った。


「――特に、自己紹介はない。彬って呼んでくれ」


「あなたのことは知っている。入学式で、新入生代表の挨拶をしていた人よね?」


 栞の言葉に、航大も莉穂も納得したようにうなずく。


「だろうな。彬はこの部の頭脳だ。俺も莉穂も感覚的にしか動けないからさ」


 航大にバンッと音を立てて背中を叩かれて、彬は顔を歪めながら鼻の付け根に指を当ててメガネを直した。


「ここからが大切な話なんだが――」


 彬が咳払いをした時、廊下でガタンと音がした。

 咄嗟とっさに航大が立ち上がって、勢いよく教室のドアを開けた。


 バタバタと足音を立てて走り去っていく、ショートカットの女子生徒のうしろ姿があった。


「あっ、待て――!」


 航大が追いかけて飛び出すと、彬は航大を追って走った。


「どうした? 航大。霊か?」


「生きている女子生徒だけど、やべぇ霊の匂いがプンプンした」


 それを聞くと、彬はスピードを速めて航大を追い抜いて走った。

 航大と莉穂もそれに続き、栞も流れでついてくる。


 裏口の扉の前で、彬が立ち止まった。


「見失ったか?」


「いや、そこから出て行った。あの女子だろう?」


 彬が指差した窓の先には、長身の女子生徒が裏門の方へ走っていくのが見えた。


「あっ、結城ゆうき先輩⋯⋯?」


 栞が目を見開きながらつぶやき、横にいた航大が眉を寄せた。


「栞ちゃんの知り合い?」


「知り合いっていうか、陸上部のめちゃくちゃ足が速い二年生の先輩。友達が陸上部にいて、あの人は結城詩織ゆうきしおり先輩って私と同じ名前だからって紹介してくれたの。姉御肌の素敵な先輩だよ」


 ニコニコと話す栞を横目に、航大は目を細めて走っていく結城のうしろ姿を見ていた。


「どう思う? 彬」


「ただでさえ『出る』って噂の別館だ。こんな場所にわざわざ来るってことは、よほどオカルト好きか、オカルト研究部に用があったかだと思うが、後者は違うな。僕たちがいることに気づいて逃げたように見えた」


「だな。てことは?」


「だからオカルト好きか――。もしくは、霊の方に用事があったか、だな」


 鼻のつけ根に人差し指をあてて銀縁メガネを直しながら、彬は自分で納得したようにうなずいた。


「莉穂はなんか感じたか?」


「――わかんないよ」


「感じようとしろよ。俺は鳥肌が立つほどゾワッとした。憑かれてるな、あれ」


 航大があごで小さくなっていく結城の姿を指して小さくため息をついた。


「地下へ、行こうとしたのかな?」


 莉穂が鋭い目で航大を見たが、彼はなにも言わなかった。ぼんやりとした表情に戻っている航大だが、彼の頭の中は地下にいるであろう霊のことに集中しているのだと、莉穂にはわかっていた。

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