「こんな怪しい部活、いや、正しくはまだ同好会なのよ。部員が私たち三人しかいないから。本当にこんな所に入りたいの? 栞ちゃんは美人なだけじゃなくて、成績優秀でスポーツ万能、おまけに誰にでも笑顔で面倒見がよくて優しいっていうじゃない? あなたならどんな部活だって――」


「ありがとう。でも、私が入りたいのはオカルト研究部なの」


 栞が莉穂の言葉を遮ると、嬉しそうに微笑んだ。対照的に、莉穂の方は小柄な体で少し背伸びをしながら栞を見て目を吊り上げている。


「あのね、ここがどういう部なのか知っているの?」


「なんだよ、莉穂。勧誘活動邪魔するなら、どっか行けよ」


「邪魔なんてする気ないけど――」


 長い付き合いで航大の乱暴な言い方には慣れている莉穂だったが、傷ついた心の痛みを隠しながら不満げに口を尖らせた。


「だったら、歓迎しようぜ! 栞ちゃん、ようこそオカルト研究部へ!」


 航大が上機嫌で椅子を栞の前に持ってきて、戸惑っている栞を座らせた。


「だけどさ、航大。莉穂の言い分も一理あると思うな。ここはただオカルトを研究するだけの部じゃないんだ」


 彬が鼻の付け根に二本指を置いて銀縁メガネを直しながら、浮かれている航大をけん制した。


 航大はデレデレしながら、満面の笑みで栞を見る。


「けど、栞ちゃんは入りたいんだよなぁ?」


「うん。超常現象とか科学的な証明ができないような現象とか興味があるの」


「だってさ。いいじゃん、入部希望なんてそんなんで。堅いこと言うなって!」


 完全に舞い上がっている航大を横目に、そんな航大にイラついている莉穂と冷静に警戒している彬は目を見合わせた。


「とりあえず、仮入部ってことでいいかな。このオカルト研究部はある目的のもとに作られているんだ」


「そうなの。誰も幽霊が出る噂のある、この別館を拠点にした怪しい部なんて入りたがらないと思っていたんだよね。できれば、他言無用でお願いしたいんだけど」


 莉穂がそう言っている隙に、彬がカバンの中に入れていたクリアファイルからプリントを二枚出して栞に渡した。


「仮入部届と誓約書だ」


「誓約書……?」


「そう。部内で見聞きした情報を外で漏らさないって主旨だ。よく読んでほしい」


 栞はそのプリントを凝視しながら身動きしなくなった。若干、引いているのかもしれない。


「ほらほら、引き返すなら今のうちよぉ。うちの部は怪しさ満点だからね」


「別に、犯罪行為ではないよね?」


「そんなの、するかよ!」


 弁当を食べに戻った航大がダンッと足を踏み鳴らして大きな声を出したから、みんな驚いて彼を見た。


「彬も莉穂も、誤解されるようなこと言うなよな」


「わかっているよ。だけど、誓約書は必須だろ? 妙な噂にでもなれば、この部の存続にも関わる」


「法に触れない内容なら、署名するよ」


 栞が渡されたボールペンを受け取って署名しようとすると、航大が「待った」と言ってそれを止めた。


「彬、『法に触れることを除く』って付け加えろよ」


「わかった。今回は手書きで悪いけど」


 彬が栞からボールペンを取ると、言われた通り書き加える。


「部長は……彼なのね」


「そう、彬の方が部長っぽいけど、こっちは参謀なの。航大が入学早々、このオカルト研究部を立ち上げたのよ」


「これを立ち上げるために入学したようなものだからな! 俺は高校三年間でこの緑林学園高校を変えてみせる!」


 航大がまた箸を置いて熱くこぶしを握って立ち上がると、栞は目を丸くした。


「えっ? オカルト研究部で? 生徒会じゃないのに……」


「いや、学校生活のことじゃないんだ」

「この学校のエネルギーとか周波数とか、そっちの話ね」


 彬と莉穂がゴチャゴチャとフォローにもならないことを言うけど、栞にはイマイチ伝わらない。


「説明が必要よ、航大」

「だな」


 二人が航大を見ると、航大は残っていたご飯をかき込んでむせそうになると、ステンレスボトルに入ったお茶を飲み込んだ。


「よしっ、じゃ、自己紹介からな。俺が部長の航大。ガキの頃からいわゆる氣ってヤツに敏感だった。触ったものから前にそれに触れた人の思念が読み取れたり、霊は見えないがいるのはわかったりな。元気、病気、やる気、そんな『氣』ってヤツ全体に敏感なんだ」


「えっ、触ると……って、人のこともわかるの?」


「うん! 栞ちゃんに触るとキミの全てがわかるよ!」


 また栞に飛びつきそうになった航大の顔を莉穂が思いっきり叩いて阻止した。


「いってえな!」

「航大が言うと、いやらしさしかない! 栞ちゃん、これは犯罪だから、みんなに言いふらしていいからね!」


 莉穂が目を吊り上げながらふり向くと、栞は可笑しそうに笑っていた。


「ありがとう。未遂だから、セーフね」


「やっさしいなあ、栞ちゃんは!」


 航大は莉穂を押しのけて栞に飛びつこうとするが、今度は栞自身が座っていた椅子から立って身をかわした。航大はそのまま、椅子とともに床に転げ落ちた。


「何やってんのよ、航大はぁ」


「いてて。いいなあ、惚れるぜ! 栞ちゃん、付き合おうか!」


「付き合いません」


「そんな塩対応も大好きだぜ!」


 ガッツポーズで天を仰ぐ航大の姿に、三人は冷ややかな視線を送った。

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