第18話 アムネリス

 涼太はネット喫茶で都市伝説について調べていた。ある、特殊な薬についてだ。

 

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 魔法薬名:アムネリス( Amneris)


効果:


 服用した者は、「自分が信じた嘘」を現実にすることができる。ただし、その「嘘」は他人に信じさせることが条件。信じた人が多いほど、効果は強くなる。


 使用例:


「私は不死身だ」と信じ、周囲もそれを信じれば、本当に不死身になる。


「この街は火事なんだ」と信じ込ませれば、街が実際に燃え上がるように見える幻覚を世界が共有し始める。


「あの人は魔王だ」と信じれば、その人の姿が次第に魔王に変貌していく。



副作用:


 自分でもどれが「本当」だったのかわからなくなる。やがて現実感を喪失し、「存在そのものが嘘になる」。


 最終的に、誰の記憶からも消え、「存在しなかった人間」になる可能性がある。



 製法(伝承):


 北方の黒い月が昇る夜に、千年樹の涙と沈黙の言葉で作ると言われる。だが製法の真偽も嘘かもしれない。




 加古川の捜査本部――


 酒呑童子・常磐道兼の逮捕から数週間後。

 蟇田清志は警察庁の事情聴取に何度も呼ばれていた。

 だが彼は一切、拳銃使用について語らず、また“五人の門番”に関する詳細も証言しなかった。


 真理絵の意志を守るためだ。

 彼女の「願い」は、復讐ではなく、再生だった。



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 ある夜。

 蟇田は、加古川警察署の資料室で、龍野賢治・元兵庫県知事の死亡記録を見つめていた。


 司法解剖の記録、監視カメラの死角、そして――

 「H」の文字が残された脅迫文。


 脅迫文は、龍野の秘書室に送られていた。

 だが、そこには警察もマスコミも気づいていなかったある“署名”があった。


 > 「Humanis Medicus」


 「人道の医師」……ラテン語のような、美しい皮肉。


 蟇田の脳裏に、ある記憶がよみがえった。



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 ――まだ警官だったころ。

 研修で訪れた厚労省の地下資料庫で、一人の男が言っていた。


 > 「日本の医療は、制度が“完全”なふりをしている。

 >  だがその裏には“病気にならない人間などいない”という前提がある。

 >  それを操れば、“命”すら価格に換えられるんだ」


 その男の名は……日向正明ひゅうがまさあき

 医療経済のカリスマであり、常磐道兼が厚労省に入るきっかけを作ったとされる人物。


 表にはほとんど出てこない。だが、財界、政界、製薬界に“顔パス”で入れる数少ない人物。


 頭文字は“H”。



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 蟇田は、蜑崎敦の元を訪れた。


 「日向……知らないとは言わせねえぞ。常磐の“師匠”だ」


 折川は深く息を吐いてから、低くつぶやいた。


 「“Humanis Medicus”……やっぱり、奴がまだ生きてるんだな。

  常磐が“再生の医師団”を作ったとき、最初に資金提供したのが日向だった。

  でも途中で姿を消した。俺の予想じゃ……新しい“症例”を探しに行ったんだよ」


 「新しい“症例”?」


 「ああ。国家の医療政策そのものを“解体”して、“新しい人体の管理モデル”を作るためのな。

  つまり――“国全体をひとつの患者”と見立てて、再設計するってわけさ」


 蟇田の背筋が凍った。


 > “鬼”ではなかった。もっと冷静で、もっと遠い場所にいる“医者”がいた。



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 資料を洗い直すと、龍野が暗殺される前に接触していた企業や顧問医の中に、

 「日向財団」という名前が浮かび上がった。


 だがその実態は不明。財団の所在地もダミーで、書類は徹底的に“クリーン”だった。


 蟇田は立ち上がった。


 「常磐は……“途中経過”だったってわけか。

  本当の“処方箋”は、あの“H”が書いてたんだ」



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 雪の舞う北陸・医王山の山中。

 廃棄された旧温泉旅館の地下。

 そこに、かつて常磐が残したメモがあった。


 > 「“日向の処方”を止めるには、“死の定義”を覆さねばならない。

 >  ――だがそれは、“人間の定義”すら変えることになる」


 蟇田は思った。


 > この国は病んでいる。だが、だからこそ、俺は歩く。

 > 真理絵が残した“優しさ”を、ただの幻想にしないために。



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