第4話 土の記憶
群馬県邑楽郡――関東平野の端、冬の風が乾いた大地を撫でるように吹き抜けていた。
その町に、新しい院長が赴任してきた。名は
「こんな田舎に、本当に来るつもりだったのか」
旧館で待っていた理事長がぽつりと呟いた。
「田舎じゃない。人が住んでいる場所だ。そう呼ぶべきです」
泰雅はそう言って白衣を肩にかけた。彼がこの地に来た理由は、ただの人事異動ではなかった。亡き父が遺した、ある土地に関する“約束”を果たすためである。
一方その頃、茨城県龍ケ崎市。
かつて“南関東地下格闘界”と呼ばれた世界の生き残り、犬飼賢三郎は、今日もグループホームの朝食介助に追われていた。利用者の一人が突然スプーンを投げつける。老人の震える手では茶碗を持つこともままならず、イライラが暴力に転化する。
「はいはい、いいですよ。今日はオムレツ、柔らかいですからね」
賢三郎は優しい声で応じながらも、反射的にスプーンをキャッチしてポケットに入れた。介護という名の戦場には、格闘家として培った反射神経すら役に立つ。
父や兄たちには反対された。
『犬飼グループの恥だ。散々、金かけて医大まで入れてやったのに介護だと!?』
父の怒号を思い出した。
『介護なんて普通の人間でも出来る。貴様は犬飼家の恥だ』
兄、泰雅の冷酷な声を思い出した。
賢三郎が介護士を目指したのは『任侠ヘルパー』の影響だ。草彅剛演じるヘルパーみたくなりたかった。当時、恋人から振られ、挙げ句にはその恋人を親友に奪われ、ドン底にいた。そんなときに見た、『任侠ヘルパー』は賢三郎の背中を押してくれた。
つくば市の古いマンション。
涼太は机に向かっていた。パソコンの画面には新作の冒頭が表示されている。
> 「この国には“土”に呪われた一族がいる。
彼らは何かを埋め、何かを忘れ、そして何かを守ってきた――」
ペンネームは「土岐」。社会派小説として話題を集めつつある作家だが、世に知られていない事実がある。それは、彼が犬飼家の婿養子であるということ。犬飼家とは、群馬と茨城を股にかける古い家系であり、かつて**“土”をめぐる闇の利権**を握っていた一族だった。
その家の秘密が、再び動き出そうとしている。
居候の**
(俺は……本当にこの家の“外”の人間なのか?)
そして、つくばでは――
先端医療センターの若き所長・鷹宮篤志が、タブレットを見つめながら呟く。
「犬飼泰雅が、邑楽に戻ったか……。あの家が動くとなれば、次は“龍ケ崎”だな」
つくばと龍ケ崎の医療支配争いは、既に土地・家系・そして人の生死を巻き込む新たな段階に入ろうとしていた。
兄弟たちは再び、運命の土へと引き寄せられる。――
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