18:砕けた盾

「ソーレン!危ない!」

「ダメよ!」


その叫びが重なった瞬間、時間はほんの一拍だけ遅れた。

銃声がホールに響き渡る。

けれどその弾丸が、どこへ向かったのか三人以外は見ていなかった。


――あの時、皆の視線は、ソーレンとクロウに集中していたからだ。


弾丸はソーレンの耳元を掠め、軌道を逸れていく。

硝煙の匂いが空気を裂き、鋭い音が壁画の方へ跳ねた。


壁際。

そこにはイーライ、ヴィンセント、ルシアンがいた。

イーライは銃を構え、ヴィンセントはヒビの入った盾を両腕で支え、

ルシアンはその隣で、壁画を守るように立っていた。



次の瞬間――ルシアンがわずかに息を呑む。

彼の目に、壁画へ向かう弾道が映った。

守るべきものを本能的に理解した彼は、迷いなく前へ踏み出す。


夫の動きを見たアレックスが弾かれたように駆け出す。

しかしヴィンセントの方が早かった。

盾を構え、ルシアンの前へ飛び出す。


弾丸が盾を貫き、鈍い音が響いた。

白くひび割れていた盾の破片に血飛沫が飛ぶ。




「兄さん!!」


勢いそのままアレックスが駆け寄る。

ルシアンは愕然とした表情で崩れ落ちるヴィンセントの体を抱きかかえていた。


「ヴィンス!何故!」

「兄さん!しっかりして!」


ほとんど泣いているようなその声は、普段の二人からは想像もつかないものだ。


「はは、ルシーは芸術馬鹿だからな⋯⋯絵を守ろうとする事くらい分かるんだよ⋯⋯まったく」


苦痛に顔を歪め、額に汗を浮かべながらもヴィンセントは微笑もうとしているが、その左肩は真っ赤に染まっていく。


「兄さん、動かないで!」

「大丈夫だ、アレックス⋯⋯大丈夫だから泣くなって⋯⋯」


ミラも式典用に用意されていたテーブルからタオルなどをかき集めると、ヴィンセントに駆け寄った。


「何が大丈夫よ!大怪我よ!!また兄さんは!」

「しっかりしろ、ヴィンス!」


二人はついに泣き出しながらも、受け取ったタオルでヴィンセントの肩を抑える。


遠くからサイレンの音がする。


クロウに手錠をかけ終えたイーライがこちらに近付いてきた。


「警察の応援が着いたようです。アマリさん、彼らの案内を頼めますか?」


ミラは頷くと外へ駆け出していく。

それを見送ったイーライは次に泣きじゃくる二人へ声をかけた。


「御婦人、交代しましょう」


優しくアレックスと場所を代わり、手早く応急処置をしていく。


「市長、大丈夫です。それほど傷は酷くありませんよ」


そういってイーライとヴィンセントは改めて目を合わせる。

互いの目が僅かに見開かれ、何か言いかけるように口を開く。



「皆さん、こちらです!あっちに怪我人が!」


警察と救急隊を連れたミラが戻ってきた事で、その先の言葉は聞けなかった。

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