11:舞い降りた鴉
新駅舎では、式典を翌日に控えたモロー夫妻とミラが、最後の仕上げに取りかかっていた。
「アレックスさん、ここまだ乾いてない臭いがします」
「あら、じゃあ送風機をそっちに持っていくわね」
それぞれの絵画や銘板をミラが嗅ぎながら確認していく。
ふとハーブとレザーが香った。
「こんばんは、皆さん」
顔を上げるとロウ市長が立っていた。
「こんばんは、市長。すっかり遅くなってしまって……」
壁画の方で作業をしていたルシアンが声をかける。
「いやいや、強盗の話は聞いているよ。大変だったね」
市長はルシアンの肩をたたいて労う。
「幸い、被害は出ませんでしたから」
市長の左側に自然に寄り添うルシアンを見てソーレンが話していた違和感を思い出す。
「ただそのせいで搬入はかなり遅れてしまいましたがね。あとはこの辺りの朝塗った接着剤が乾いているか確認したら完成ですよ。ギリギリになってしまいましたね」
「いや、なんとか間に合いそうでよかったよ」
二人は並んで壁画を眺めている。
「やっとだな⋯⋯やっと返せる⋯⋯」
その言葉はどちらのものだったのか。確認しようと振り向いたミラにアレックスが声をかける。
「ミラちゃん、こっちもお願いしちゃっていいかしら?」
「あ、はい!」
乾いた銘板の前から次の絵画の前に、送風機を移動させる。
電源を入れ直すと風にのって微かに別の匂いがした。
焦げた革。獣の匂い。
全身に一気に緊張が走り、呼吸も、動悸も速まる。
ミラの様子がおかしいことに気付き、アレックスが近寄ってくる。
「ミラちゃん?どうしたの――」
――コツン。
ブーツの足音が態とらしく広場に響く。
広い駅舎の館内で暗闇が動く。
スッと顔色を変えたアレックスが、無言でミラを背にかばい、暗闇を見据える。
その様子にルシアンと市長も口を閉ざした。
館内は静まり返り、送風機の音だけが響いている。
――コツン。
もう一度、誰かの足音が静寂を裂く。
次の瞬間、暗闇の奥から“影そのもののような男”が現れた。
クロウが、そこに立っていた。
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