39.夜のお散歩。

「あれがデネブ、アルタイル、ベガ……」

「大三角を指差すだけで名曲のオマージュになっちゃうのは問題だね」


 午前二時。天熾家、庭。


「鯉いる!」

「本当だ。月光で鱗が光って……綺麗だね」

「このオプジェ何?」

「噴水ですね。最近動かしてませんが」

「面白そう。水遊びしたい」

「壊れてるかもしれないので部長さん直しといてください」

「お前勇者かよ」

「朝になったら工具貸して」

「じいやに言っておきます」


 空に瞬く星の川が四人を淡く照らしている。


「広いね。ちょっとした植物園みたい」

「そんなに広くないですよ。せいぜい公園くらいです」

「広いだろ」


 夜の中、彩度の低い花たちが足元に揺れている。

 緑の生垣に、手入れされた木々。


「ここにベンチがあるんです」


 開いた空間。闇に紛れていた深緑のベンチに天熾が腰掛ける。


「懐かしいです。昔、小学生の頃。一度だけここで両親と花火をしました」

「あー。いいな。俺色が変わるやつ好きだった」

「僕は線香花火ですね」


 氷月と久野が顔を見合わせる。


「天熾、最寄りのコンビニってどこ?」

「え? 駅と家の中間あたりにありますが……どうしました?」

「ちょっとしぃちゃんとそこまで行ってくるよ」

「お茶もアイスも電池も我が家にありますよ⁉︎」

「うん。まあちょっとね」

「はは、天熾甘えとけって。あの人たち花火買いに行ってんだよ」

「はい⁉︎」


 三上が、すとん、と天熾の横に腰を下ろした。


「部長となんか話してたんだろ? 話は聞いてないけど、まあ、こんな広いお屋敷に休み中ずっと一人なのは気が滅入る。わかるよ。……いや、じいやさんはいるけどさ」

「先輩まで」

「マジ先輩たちが先輩風吹かそうとしてるんだから甘えとけって」

「……はぁい」


 涼しい夜風が二人の間に吹き抜けていく。


「そういやさ。なんで『先輩』なの」

「ええ? それ聞いちゃいます?」

「一回『雀居くん』って呼んでたじゃん」

「えっ⁉︎ いつですか⁉︎」

「運動会の帰り」

「覚えてない……」

「中学の頃、俺と合同授業受けた時が一番楽しかったんだろ?」

「なァッ⁉︎ なんで知ってるんですかっ⁉︎」


 ガタタ! と音を立てて立ち上がった天熾を見て、クスクスと笑う三上。

 月光に照らされた天熾の顔がやや赤い。


「言ってた」

「覚えてません……」

「あの時お前雰囲気酔いしてたからなー」

「は、反省します」

「いや別に。反省はしなくていいけど。なんで『先輩』なのかの謎は解けなかったから」

「あうー……」

「逆になんで親友になりたがってたのかはなんとなく分かった」


 雀居三上の知らないところで。天熾佑宇という人物はかなり窮屈な思いをしていたらしい。

 三上から見れば、かつての天熾佑宇はただ顔が良い物腰の柔らかなスポーツ少年だったが。きっと、久野に話していたことを含め、彼には彼なりの悩みがあるのだろう。


「そんで親友で『先輩』呼びはスタンダードじゃねぇだろ。歳差もないんだしさぁ」

「それは、だって………………んです」

「なんて?」


 ぼそぼそと三上の前で口ごもる天熾。


「た、タメ口が苦手なんです」


 ぐ、と握られた拳。意を決して告白された小さな秘密。


「は? え? ……なんで?」

「だって、あのう、変、っでしょ? 同い年で、お……友達で、敬語なんて」

「いや。親友を押し売りしてくるよりは変じゃないぞ」

「周りのみなさ……みんなに、タメ口でいいよって何度も言われて。できなくて。なら先輩相手ならおかしくないって思いまして……思って!」

「お前。解決策が毎回突飛すぎるんだよ」

「敬語も自然だったでしょう? 木の葉を隠すなら森の中、です」

「お前の森は森でも樹海ダンジョンだろ」

「かわいい小動物モンスターですよ?」

「油断した初心者に痛い目見せる魔物」

「ひどい!」

「ふはは」


 何もが静まり返った夜。

 ふざける二人の声だけが響いている。


「敬語ぐらいでギクシャクする奴、親友じゃねぇって」

「……そうですか?」

「お前の頭ん中どうなってんだ一体。えぇ? 佑宇」

「ぁ、えっと」


 長い金髪に反射する月光が、滑らかに輝いて。


「三上くん、と、親友になりたいんです。それだけ」


 大きな緑眼が真っ直ぐに雀居三上を見つめる。


「…………ダメだマジでちょっと予想以上にドキドキしたから先輩呼びのままでお願いします」

「なんでですかぁ⁉︎」

「心臓に悪い。そうだお前イケメンなんだ」

「僕の何が悪いって言うんですか三上くん」

「嫌だ! 改造後輩親友ヤクザが実は結構格好いいところもある健気カワイイ系美少年だなんて気付きたくなかった」

「何を言ってるんですか先輩」

「そうだそれでこそいつもの天熾……」

「そこは佑宇のままでいいじゃないですか」

「お前の名前噛みそうになるんだよ」

「好きなだけ噛んでください」

「好きなだけ噛んでください⁉︎」

「僕は名前呼ばれただけでドキドキしちゃうほどチョロくないので」

「あ! テメェ言ったな!」


「……やっぱりイチャイチャしてる」

「だからしぃちゃん水差さないでって……!」


「部長!」

「氷月先輩!」


 二年生二人がビニール袋を掲げる。

 中にはもちろん、手持ち花火のパックとチャッカマン。


「ぱーっとやっちゃおう。どうせ明日の予定はまだ決めてないんだ。どれだけ夜更かししても無問題さ」

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