第20話 梅毒治療


 昼前になってからやっと屋敷に着いた。

 屋敷では既にベーカー商店からシャーレが届いていたようで、明日香さんがそれを受け取ってくれていた。

 俺はすぐに丁寧に梱包されているシャーレを取り出して煮沸消毒器の中に入れて、煮沸消毒を始めた。


 そこまで済ませると、俺は二階に登り、あの金庫のある書斎に籠もり鍵を閉める。


 あ、工具類を忘れた。

 電気は通じて入るが、正直いきなりコンセントにPCをつなぎたくない。

 そのうち考えるとして、今はまだ残っているバッテリーでPCを起動させてから梅毒について調べてみる。


 俺の持っている犬猫ようだと思っていたアンプルは人間用なもので、それを犬猫にあの獣医は使っていたようだ。

 本当かな。

 まあ、いいか。


 とにかく俺の貰ったものはそのまま人に使えることは理解したので、これで遠慮なく患者に注射器で薬を投与できる。

 本当は、これは完全な医療行為になり、俺はもぐりの医者扱いになるが、この時代ではまだどうにかなるだろう。


 もぐりの医者といえば、俺の世代ではないが前の世代だとブラックジャック一択だ。

 俺の親父の世代で医者に憧れたものが多くいるらしく、親父の知り合いもブラックジャックに憧れて医者になったと自慢気に話していたのを思い出した。


 医者でもない親父が自慢気になぜ話すかが俺にはわからなかったが、もぐりの医者ならばブラックジャックに憧れるのもやむをえまい。


 となると、やはりあの懐古園でのバザーでブラックジャックなりきりセットを買いそこねたのが惜しくなる。

 あの後調べたのだが、俺の買った外科医ギャノン成りきりセットの外科医ギャノンは外科医とあるだけあって正規のお医者様だ。


 俺のようなもぐりとはぜんぜん違う。


 まあ、くだらないことを考えるのをやめて、下の治療室に二人を呼ぶか。

 俺はPCを含め今まで後生大事にリュックに入れて抱えていたものを目の前にある大きな金庫の中にしまってから応急セットだけを持って下に降りていった。


 二人は別々に分かれて屋敷をくまなく掃除していた。

 本当によく働く人たちだ。

 俺は大声で二人を呼んで治療室に入れた。


 二人がほぼ同時に書斎の部屋に入ってきた。


「これから、ここで研究をしていくわけだが、その前に約束通り二人の治療を先に進めていくつもりだ。

 まずは患部の確認から始めようかと思うので、ふたりとも患部を見せてくれ」


 俺はいきなりふたりに女性器を見せろと言ってしまった。

 言った手前、もう後には引けないので成り行きに任せていると、ふたりとも若干恥ずかしそうにしているが、明るいうちに裸にさせることに成功したが、夜の商売をしているだけに俺に女性器を見せるのには抵抗は少ないようだ。


 明日香さんの方は、毎日薬を塗り手繰っていたためなのか、俺が初めて確認したときのような腫れや膿などは一切見られない。

 きれいなものだ。

 その代わりと言って良いのかわからないのだが、イルサさんの方の腫れが酷く見えた。


 まあ、俺が知っている患者の患部などこの目の前の二人以外には家庭の医学書に出ているイラストだけなので、程度のほどは知れない。

 でも、イルサさんの方をどうにかしないとまずそうなので、俺はアンプルを取り出して、注射をしてみた。


 実は注射をするのは初めてではない。

 保護猫に何度かしたことがあるので、アンプルから注射器に薬剤をいれるのも手慣れたものだ。

 あの、注射器の中に入った泡を出すのもお手の物だ。


 それで、静脈注射ならば苦労もしたのだろうが、俺の調べている家庭の医学書には筋肉注射とあったので簡単に痛く無さそうな太ももに注射してみた。

 それでもイルサさんは痛そうにしていたのだが、俺が国から持ってきた薬だと説明すると我慢している。


「この薬は、国では良く効果はあったのだが、その効果が君にもあるかは不明だ。

 そのあたりについてもここで研究をしていくつもりだが、俺が考えるに多分問題はないと思う」


「なら、私は治るのですね」


「俺は治すつもりでいるが」


 俺の答えを聞いたイルサさんは嬉しそうなのだ。


「念のために、明日香さんにしている軟膏を付けていくよ。

 明日香さんにもね」


 明日香さんの方は見た目に治ったようにも見えるが、しばらく様子見としておくつもりだが、ここでイルサさんの菌が移っても面白くない。


 軟膏を付ける指を変えるが、順番でも明日香さんから患部に軟膏を付けていく。

 最近明日香さんはこの作業中には顔を赤らめ嬉しそうに見えるが気にしない。


 次にイルサさんに軟膏をつけようと患部を触ると少し痛そうにしていた。

 まあ、腫れていることだしそのようなことがあるのかも知れない。

 あまり痛そうな患部をいじって遊ぶのも可愛そうなので、簡単に軟膏を付けたら治療の終わりを告げ、服を着させた。


 イルサさんに注射をしたことで注射針の処理をする必要が出てきた。

 本来、注射針などは、専門の業者に出して焼却処理をする必要があるのだが、今までも厳重に燃えないゴミとしてこっそり捨てていた。

 これはいけないことなのだが、猫に使った針の処理って、どうすれば良いんだよ。


 可能な限り俺は先輩の獣医を頼ったのだが、流石に出先ともなるとと言い訳するわけでもないが、そんな感じで処理をしていたが、この時代?世界?ではどうしよう。

 まだ法律的にもそれほど煩くもないし、何より針などは使いまわしされていたと何かで読んだ事がある。

 昭和の学校での予防接種などではその使い回しの針のせいで肝炎訴訟などがいまだに続いていた。


 それに、こんな細い針はこの時代ではまだ作れそうにないし、そうなると非常に貴重だ。

 使いまわしを考えるか。

 となると、消毒だな。

 幸い、煮沸消毒がここでもできるし、買ったシャーレと一緒に消毒するか。


 俺は、そう考えて1階の診療室に使う予定の部屋に向かった。

 先ほどシャーレを入れて、煮沸中であるので、元気に湯気を出している消毒器の蓋を上げると、熱い蒸気が襲ってきた。


 危ない、火傷をするところだった。

 中の水もだいぶ少なくなってきているので、開通したばかりの水道から水を汲んで注ぎ足し、そこに注射針とついでに注射器を入れておいた。


 100度くらいならばプラ製の注射器も問題ないだろうが、もしだめになっても、俺にはまだ注射器がある。

 そう、使い捨ての注射器だ。


 針つきなやつだが、取り外しもできたので、これがどこまで使い回しできるかはわからないが、とにかく貴重なものでもあるので、大事に使っていこう。

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