第4章「審判の序盤/三者三様の衝突」
【第1節】「集いの気配」
人の住まぬ谷を抜け、舗装されていない峠道を踏みしめながら、巨躯の男がひとり歩いていた。
その足跡には、わずかに新芽が芽吹いている。
彼の歩いた道に、命が戻る。
ガルド=テラは“陸”の化身。
静かな観察者として地上に降り立ってから十日あまり、彼は多くの森と村を歩き、人の営みと自然の境界を目にしてきた。
だが、今彼が向かっているのは、都市だった。
そこに、ふたつの“気配”を感じたからだ。
ひとつは、海のように冷たく、深く、静かな怒りを秘めた“圧”。
もうひとつは、空のように澄んだ流れを持ち、なおかつ葛藤を抱く“揺らぎ”。
(……リヴィスと、シェリアか)
ガルドはそう直感した。
自然界の意思を持つ彼らは、距離が遠くとも“気配”を感知できる。
共に地上に降りた三者が、いずれどこかで接触することは避けられなかった。
そして、それは今——。
* * *
その頃、関東近郊の町で、少女が空を見上げていた。
風が静かに吹き抜け、白銀の髪をなでる。
シェリア=アストレア。空の精霊。人類への信頼を捨てず、観察に希望を持ち続けてきた彼女の心は、今、僅かにざわめいていた。
(……来る)
確信があった。ふたりが、近づいてくる。
あの深海のように暗く重い気配と、大地のように緩やかで確かな鼓動。
どちらも、かつて交わした言葉を思い出させる。だが今の彼女は、以前よりも人間に近い“迷い”を持っていた。
(……今のあたしは、ふたりに対して何を語れるだろうか)
あの日、風を読む少年・颯太との出会いによって、シェリアは確かに人間への理解を深めた。
だが同時に、それは彼女自身の“曖昧さ”をさらけ出すことでもあった。
* * *
一方、海沿いの古い町の防波堤に立つ男がひとり、波打ち際を見下ろしていた。
潮風がローブの裾を揺らし、鋭い目が街の遠くを見据えている。
リヴィス=マーレ。
“海”の化身であり、最も人類への怒りを燃やす者。
彼の観察は終わっていた。人間の無関心、利己性、愚かさ、そして――偽善。
すでに彼の判断は定まりつつあった。
だが、決断の前に、再びふたりと会う必要がある。それは義務ではなく、自らに課した“礼節”だった。
「シェリア、ガルド……おまえたちは、まだ迷っているのか?」
そう呟いたとき、背後から声が届いた。
「おまえが一番早く決断するのは、わかっていたよ」
ゆっくりと振り返ると、そこには背丈のある大男——ガルド=テラが立っていた。
その風貌は変わっていないが、以前よりも何かを背負っているように見えた。
「ガルド……」
ふたりの視線が交差する。
長い沈黙のあと、リヴィスが口を開いた。
「おまえも、この星の現状を見ただろう。もう十分だ。これ以上“観察”を続ける意味などない。愚かさの反復を、何度見せられれば気が済む?」
ガルドは一歩、波打ち際に近づいた。
「だが、その反復の中に、“例外”が生まれつつあるようにも思える。人間は、ただ破壊するだけの種ではない。そう見える瞬間があった」
「瞬間、か。そんなものは、ただの錯覚だ」
リヴィスは低く、吐き捨てるように言った。
だがその時、空に柔らかな風が吹いた。三人の中で最も軽やかな気配。
彼女が、現れた。
「……やっぱり、ここだったんだね」
シェリア=アストレアが、空から舞い降りるように姿を現した。
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