第5話
贈与と滑走
――風になるか、ただの荷物になるか。
朝の点呼。
極寒の訓練場に、訓練生たちの凍てつくブーツ音が鳴り響く。鼻血を拭う者、白目を剥いたまま並んでいる者、意識がどこかに飛んでいる者もいた。だが、誰も喋らない。冗談ひとつ、交わされない。
――そしてその日。
訓練場の奥、風が牙のように吹きすさぶ《銀の滑走路》に、1台のソリが静かに運び出された。
ソリの横には、武装した監視員。周囲には、他の訓練生たちが息を殺して見守っていた。
ソリの横で、レッドクラッシャーが吠える。
「我ら《サンタ族》はヴァイキングの末裔! そして一年に一度、聖なる夜を“贈与”に変える!
貴様らはそのために364日、狂気と霜の中で生きる! プレゼントを届けるために、命を捨てろ!」
ラドルフは無言で頷いた。すでにフードの中には氷の汗がにじんでいた。
その肩に、レッドクラッシャーの巨大な手が置かれる。
「死ぬな。ハックのようにはな」
「……はい」
レッドクラッシャーの手が離れる。静かに、ソリがスタート位置へ。
――風が止んだ。
「ラドルフ、発進ッ!」
ソリが雪を砕く音と共に、地獄のコースへと滑り出す。
第1ターン、第2ターン……氷の壁すれすれを駆ける。速度はどんどん増し、制御が効かなくなりそうになる。
視界が揺れる。
(ハックはここで死んだ……!)
第10ターン――超えた!
だが次の瞬間、彼の前に現れたのは、まるで牙をむいた獣のような急カーブ。
「第11ターン……ッ!」
それはもはや滑走ではない。落下だった。
全身が浮いた。何も掴むものはない。ただ、空中に投げ出され――
地面が迫る。
瞬間、彼はソリを横に滑らせる。
雪煙が爆発し、体が吹き飛ぶ!
沈黙。
雪が降っている。
……そしてその中に、ラドルフがいた。
氷まみれの体で、立っていた。
ソリは粉々、彼の手には……ボロボロの、だが確かに“贈与パック”が握られていた。
その姿を見て、訓練生たちの一人が呟いた。
「ハックの“贈与”……届いたな」
ボン・デーロが泣き笑いで拍手する。
誰も笑っていない。だが、誰も目を逸らせなかった。
その日、ラドルフは“贈る者”として認められた。
⸻
【次回予告】
第6話:リボン
極限の滑走を超えたラドルフに課される次の試練は――“優しさ”だった。
筋肉戦士たちが挑む、繊細すぎるリボンワークの地獄。結べなければ……贈与、失格!
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