第4話

贈与の儀式


――死んだ仲間に代わって、プレゼントを届けよ。魂ごと。




朝の点呼前、氷雪に閉ざされた訓練場。

訓練生たちは息を殺し、整列していた。


指先は霜焼け、唇は紫。

鼻血を流しながら立つ者。片目が腫れたまま動かぬ者。

それでも誰ひとり、音を立てない。


――カラン、カラン。


突如、静寂を裂くように金属音が響いた。

それは、“銀の鐘”。


一瞬で場が凍りついた。


「……出たな。銀の鐘だ」


隣のボン・デーロが呟いた。


「誰か、ソリ訓練に失敗したんだよ」


ラドルフの眉がわずかに動く。


「……ハック、か?」


誰も答えない。




そのとき、氷を砕くように重厚な足音。


鬼教官、レッドクラッシャーが現れる。


無表情に告げた。


「訓練生ハック。ソリ訓練中、第11ターンで横転。

打撃による脳震盪により即死。以上。」


全員、沈黙。

驚く者も、泣く者もいない。

ただ、北の風だけが吹いている。


「訓練生ラドルフ」


「はっ、はいっ!」


「貴様が代行者だ。

ハックの“贈与”は、お前がやる」


その瞬間、訓練場奥の氷壁がゆっくりと開く。


そこに現れたのは――無人のソリ。


誰かが囁いた。


「“贈与の儀式”だ……始まるぞ」




レッドクラッシャーが前に出る。

その目は、ラドルフにではなく全員に向けられていた。


雷鳴のような怒号が、空から叩き落とされた。



「聞け――貴様ら!!」


「我らサンタ族は、364日を《地獄》に捧げる!

たった1日の《贈与》のために、肉を裂き、骨を削る!」


「プレゼントだ? それは甘ったれの言葉だ。

俺たちが運ぶのは――魂だ!」


「寝るな! 走れ! 泣くな! 笑え!

贈与は慈悲じゃねぇ……これは、聖なる暴力だ!」


「お前たちは、戦士だ。

北の血を継ぎし、贈与のために生き、贈与のために死ぬ――それがサンタだ!!」



誰も声を出せない。

誰も瞬きをしない。


レッドクラッシャーの言葉が、凍てつく空気を震わせていた。





ラドルフがソリへ歩み出る。

その瞳に、恐怖はない。

代わりに宿っていたのは――ハックの名を刻む、無言の誓い。


ソリに手をかけたそのとき。

空から再び、あの銀の鐘が響いた。


カラン……カラン……


ラドルフは振り返らない。

ただ、静かに手綱を握った。



次回予告


第5話:贈与と滑走

ハックの名を背負い、ラドルフは“死の第11ターン”に挑む。

その先に待つのは――風か、墓標か。

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