番外編『悪役令嬢の真実』
「レイナ様は、昔から本当に優しいお方でした」
農業学校の休憩時間、かつてヴァインベルク公爵家で私の侍女を務めていたアンナが、お茶を淹れながら子供たちに昔話をしていた。彼女は私の追放後も私を信じ続け、今は辺境に移住して、学校の運営を手伝ってくれている。
「えー、でもレイナ先生って、昔は『悪役令嬢』って呼ばれてたんでしょう?」
一人の少年が、信じられないという顔で尋ねる。
アンナはにっこりと微笑んだ。
「ええ。そう呼ばれていましたね。でも、それは全て誤解だったのですよ」
レイナが「傲慢」と言われたのは、貴族たちの不正や怠慢を、相手が誰であろうと厳しく指摘したから。国の財政を圧迫する無駄なパーティーを中止させ、その予算を孤児院の支援に回したことで、多くの貴族の恨みを買った。
レイナが「嫉妬深い」と言われたのは、カイルに言い寄る令嬢たちを、彼が政務に集中できるよう遠ざけていたから。彼女たちの目的が、カイル本人ではなく、その地位や権力にあることを見抜いていたのだ。
そして、彼女が「冷酷」と言われた最大の理由は、ある飢饉の年に起きた出来事だった。
備蓄倉庫を開放し、民に食料を分け与えようとした心優しき側妃に対し、レイナは「なりません」と、それを断固として止めた。
「今、目先の同情で備蓄を放出してしまえば、来たる冬を越せず、より多くの民が飢え死にすることになります。今は耐える時です」
その判断は、結果として多くの民を救った。しかし、人々は目に見える優しさを示した側妃を「慈悲深き聖女」と呼び、冷徹な判断を下したレイナを「民を見捨てる悪女」と罵ったのだ。
「レイナ様は、いつも誰よりも国の未来を、人々の未来を見ていらっしゃいました。でも、その正しさと厳しさは、誰にも理解されなかったのです」
アンナの話を、子供たちは食い入るように聞いていた。
話が終わると、先ほどの少年が、私のところに駆け寄ってきた。
「先生……大変だったんだね」
私は少年の頭を優しく撫でた。
「いいのよ。もう、昔のことだから」
悪役令嬢と呼ばれた過去。それは、決して汚点ではない。
不器用で、誰にも理解されなくても、自分の信じる正義を貫こうとした、若き日の私の誇り。
追放されたことで、私はようやく、その重い鎧を脱ぎ捨てることができたのだ。
そう思うと、あの頃の自分さえ、少しだけ愛おしく思えた。
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