第16話 リスクとリターン

「あたしのために一層を踏破したその足で二層も攻略しきるなんて……旦那様を見定めた目に間違いはなかったわ」


『第零』敷地内、学園ダンジョン第二層。

 新たにパーティーに加わった那奈敷と共に準備を整え、翌日臨んだダンジョン攻略は非常に順調だった。


 地形は一層と変わらない洞窟型。

 しかし、出現する魔物の種類が変わっていた。

 一層のゴブリンだけでなく犬のような体つきの人型、コボルドが主流になり、集団で現れることがほとんど。

 とはいえ強さは大して変わらず、俺たちが足を止めるほどではない。


 地図を十層まで纏めて買ったため、遭難の危険もなくなった。

 戦闘力の面でも不安はない。

 そのため最短距離で最奥まで突っ切り、今しがた第二層の階層守護者コボルドナイトを倒したところだ。


 魔石とドロップアイテムの牙は既に回収しており、第三層へ続く転移門の有効化も済ませてある。


「淵神さんと來華の戦闘力を考えれば順当ですね。十層くらいまではノンストップで進めそうです」

「一年の足切りラインにしては緩いけど、入学前に力をつけていたらこんなものかしら。というか、さりげなく自分を除外しているけれど、シュナも余裕でしょう?」

「そうでもありませんよ。私は基本的に非力な魔術師ですから、魔物に近づかれては成す術がありません」

「その割にえげつない魔術を使っていたような。コボルドを土の杭で串刺しにしたり、遠くから風の刃で首を撥ねたり――」

「それは私に力を貸してくれる精霊さんの力ですから」


 シュナリアのメインウェポンは精霊魔術。

 あくまで対等の存在である精霊へお願いをし、魔力を糧に叶えてもらう。

 魔術よりは祈祷なんかに形式の近い術式だ。

 自分以外の存在、精霊を間に挟むため精霊魔術の出力や行使は不安定とされているが、今のところ暴発や不発はしていない。

 よっぽど精霊に好かれているのだろう。


「でも、一年の足切りラインを満たすのは簡単そうね。それが『第零』だからって言われたら頷くしかないけれど」

「一年で十層攻略は簡単なのか?」

「來華さんが言うほど簡単ではありませんよ。世間一般に知られるダンジョンを基準にするならば普通でしょうか。ダンジョンに初めて潜る探索者は戦闘技能が身についていませんから、地図で最短距離がわかっても階層守護者を倒せずに足踏みします」

「逆に言えば、階層守護者を倒せるなら奥へ潜り放題。『第零』は成り立ち的に戦闘技能を入学前から仕込まれている人が多いの。支配したがりな貴族連中が典型例ね。ここは探索者の育成を目的としていないから」


 ……ん?

 育成を目的としていない?


「どういうことだ? ここは『第零探索者学園』だろう? 一人前の探索者を育成する場だと思っていたんだが」

「一般的な探索者を育成する国立の学園の名称は『第〇探索者育成学園』。カリキュラムにも学園教師が手ほどきする授業が組み込まれてる。でも、『第零』の正式名称は『第零探索者学園』。育成が抜けているでしょう? ダンジョンのことに関しては完全に生徒に丸投げ。戦闘技能を身に着ける授業もないし」

「だから生まれながらの強者と弱者の差は縮まらず、入学前に力を蓄えていた貴族が幅を利かせる構図になります」

「旦那様みたいな例外もいるけどね。そういう意味で『第零』は探索者を育成する気がない。勝手に育てって思ってるのよ。そして育つ過程で死んでも仕方ない、と割り切っている。そのリスクを取って余りあるリターン……敷地内の治外法権なんて人権度外視のシステムがあるわけだけど」


 二人が交互に説明してくれて、なんとなく理解した。

 確かに『第零』で行われる授業は午前の教養科目だけ。

 午後は授業がなく、生徒は自由に過ごしている。

 戦闘を覚えるにはダンジョンで実戦を積むしかない。


 だが、素人がいきなりダンジョンで戦えるわけがない。

 心構えも技も足りていないし、それ以前に強くなるより先に入学試験で貴族に格付けされて支配下に置かれる。

 それを咎める教師やシステムも存在せず、強者は弱者を虐げ続ける。


 どれだけ不満を持ったところで、それが『第零』のシステム。

 治外法権という限りない自由の下に広がる一種の秩序。

 いわば自然界と同じ法則で成り立っている。


「……つまり、世間一般の常識的に『第零』は普通じゃないのか?」

「やっと自覚してくれましたか。そうですよ、『第零』は普通じゃありません。さらに言えば『第零』で普通に振る舞おうとしている淵神さんは、言葉を選ばずに伝えると異常者寄りです」

「俺は普通じゃなかった……?」

「普通を目指すあまり異常に近づいているレアなタイプね。大丈夫よ、旦那様は旦那様がやりたいようにやればいいわ。あたしはどんな旦那様にでもついて行くから。初めても捧げちゃったわけだし?」

「……私も淵神さんから離れるつもりはありませんよ。自分の安全という意味でも淵神さんの傍が一番ですし――」

「シュナは旦那様の正妻だもの。信じてあげて?」

「來華さんっ!? それは一体どういう意味ですかっ!?」

「あははっ! 昨日、旦那様に抱かれて安心しきった顔で蕩けてたのがどこの誰か忘れたなんて言わせないわよ?」

「安心しきっても蕩けてもいませんっ! ちょっと力が抜けていただけで――」


 きゃーきゃーわーわー、と二人の間で勃発するキャットファイト。

 仲がいいのは善きことかな。

 泣いたり辛そうにしているよりは笑っていた方がいい。


「ま、そういうことだから旦那様は深く考えなくていいわ。己の欲望のまま、やりたいことをやればいい。『第零』ではそれが普通なんだもの」

「……ですね。結局、『第零』の流儀に則るのが淵神さんが目指す普通の学園生活への近道かもしれません。この学園では力が全てを解決しますから」

「暴力だけに訴える気はないが……覚えておこう。なにより、それが『第零』の普通なら是非はない」


 俺一人なら甘えたことを言っていても良かったが、今は二人も仲間がいる。

 仲間は守らなければならない。


「それで、今日はどうする? 三層の有効化は済ませたし、今日は休んでもいいのかなって思うけど」

「來華さんに賛成です。このペースで攻略できるなら焦る必要もありませんし」

「だな。今日は帰ろう。また明日、三層の攻略をすればいい」


 焦らず一歩ずつ、仲間と歩調を合わせて進む。

 そういうのも学生生活の醍醐味だ。

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