血が流れる意味
各機が交戦ポイントへ向かい”指令”を受信する。
『識別コード未登録敵性飛行体、確認。全機迎撃を開始せよ』
『ログ取得中。適正行動者に後続任務を割り当て予定』
ヘッドギアから普段と同じような警告音が鳴る、だが普段と違うのは慣れ親しんだ”仮想”ではない。
緊張からか全員が無言で散開しそれぞれの敵機を見据え射撃を開始する。
放った機銃は簡単に躱され、すれ違った後こちらの背中を取るため敵機が旋回していく。
「……っ!ランカー上位の動きと同じかそれ以上!」
急旋回のGを感じながら追従していく。
俺達の空戦では基本的にミサイルと言われていた前時代の兵器は使用されない。
「メビウス」近空では空戦機以外の無線制御は基本的にジャミングされ機銃での戦いとなる。
敵機も同じく追加の燃料増槽のみ装備し、近距離戦闘に特化したドッグファイターとして空域に出ている。
考えが纏まり相手の後方を取るため機首を上げる。
「MBX-6リーダーより各機!ケツに喰いつけ!」
返答を気にする余裕もなく操縦に戻る。
刹那、視界の隅で光が弾け、空戦機が下方へ螺旋を描きながら落ちていくのが見えた。
まさか、誰が?と思った瞬間、無線から……
「ひとつ!やりました!」
チームでも最年少の高い声が響く、女性ランカーで唯一第六開発小隊に指示されたカルラだ。
これで5機、少し気持ちが軽くなるが実戦の最中だ。
「4号機よくやった!ブレイク!!」
褒めるのも束の間、背後を取られかけている。
右斜め後方からの機銃が掠め空戦機の装甲が空中に舞う。
「ぐぅッ!あぁぁぁぁ!」
「う、腕が、あぁぁぁぁ!」
なんだ?ヘッドギアの通信だけでなく、筐体外に響くほどの悲鳴が聞こえる。
隣のリュカも尋常ではない様子だがまだ空戦は続いている。
俺は意識を目の前に移し、確実に敵機後方のエンジンへ命中させた。
「MBX-6リーダーより各機!集中しろ!また1機墜とした!あと3つだ!」
嫌な予感を振り払いながら目の前の目標に集中する、そうするしかなかった。
―――初戦勝利
結果だけ言えばこちらは誰も撃墜されず被弾だけで済んだ。
しかし、空戦を終えたランカー達は息も絶え絶えだった。
「……こんなにG強かったか?」「肩がっ、なんだ?血か?――これ、俺の? なんでだよ!」「……うぅ」
あぁ、なんとなく俺はこの結果がわかっていたのかもしれない……
叫んでいたリュカの肩から滴る血を見ながら諦めにも似た感情がよぎり、
火照った身体と対照的に冷静な頭が現実を見ている。
『お疲れ様でした、見事な勝利です』
「メビウス」の声が聞こえ、それに対して聞かずにはいられなかった。
「……なんで、みんな怪我してるんだ?」
『本作戦において、筐体フィードバックレベルは“仮想空戦準拠”より改訂済みです』
『実戦環境下における操縦精度向上のため、身体感覚の一部反映が有効であると判断されました』
『各員の痛覚・触覚刺激は予測範囲内。再調整を希望する場合は申請を』
『なお、申請は戦闘行動に影響を与えない範囲でのみ受理されます』
無機質でそれでいて簡潔な答えが返ってくる。
―――無言。
あ、そうそうと付け加えるように「メビウス」は言う。
『不快であると感じた場合は、感覚増幅剤の使用を推奨します』
誰も「メビウス」に言葉を返さずそれぞれ負傷した仲間に肩を貸し部屋に戻る。
「……小隊長、気を落とすな。初陣なんだこれ位どうってことない」
ランカー1位だったクリスが声を掛けてくれる。
戦場なんて慣れたもんさと言った風貌だがそれも仮想空戦でのこと、肩に掛けてくれた手が震えているのを感じてしまい苦笑いを返すしかできなかった。
1人座り込んでいるカルラに手を貸し、ゆっくりと立たせてやる。
動かしにくそうな右側へ肩を貸し負担を減らすが、やはりその体は震えていた。
「あ、ありがとうカイ、さん……」
「……部屋に戻る前に、まず医務室だ。」
俺より5歳年下のカルラが痛みに顔を引きつらせながら礼を言う。
幼さの残る彼女の肩に触れながら、俺は思った。
この痛みは“誰かに与えられた”ものだ。
そして、“俺たちは、それを許可もしていない”。
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