御提案

彼が起きてきたのは翌日の昼前頃。

客間に用意したテーブルとイスに座った彼は、僕の向かいで申し訳なさそうな顔をしながら僕の用意した朝食を食べている。

それでもその所作は洗練された貴族のそれだ。

「何をそこまで悪く思う必要があるのだ?君は僕にとって依頼人、つまりは客人なのだから客間で寝泊まりしたとてなんの問題も無い」

「いや、しかし、ベッドを用意して頂きその上寝かせていただいただけでなく朝食までご用意いただくというのは流石に一貴族の端くれとして如何なものかと思い………」

こちらとしては当然のことを成したに過ぎないのだが、というかあの状況下にあれば余程のろくでなしでない限りあのようにすると思うのだが………何がそんなに恐縮させるのだろうか。

「まあ良い。取り敢えず君も食べ終えたら一つ話したいことがある。なに、時間はたっぷりあるのだからゆっくり食べればいいさ」

「………ああ、分かった」

話があると言った瞬間にかき込むように食べるものだから釘を刺せば、また貴族然とした食べ方に戻る。恐らく騎士団では食事の時間はそれほど長くないのだろう。大変だな。

「僕はカウンターの方にいるからの」

彼が頷いたのを確認して客間を出る。

カウンターに戻りいつもの定位置に座るとライラが少し不満そうな顔で正面に降りてきた。

「どうしたライラ」

「どうしたもこうしたもないですお師匠様。何故私に断りなく遺体の側に依頼人を行かせたのです?万が一のことがあるんですよ」

ライラは他人から見れば常に無表情だが、付き合いが長くなると若干の機微を感じ取れるようになる。特に幼い頃から見ている僕にはライラが何かと百面相をするような子だと分かる。

「いや〜すまんね。あの様子じゃどうも信用してもらえそうになかったものだから。幸い彼には魔力が無いものだから軽く騙しておいた。許してくれ、ライラ」

心の底から申し訳ないと思っているような表情をして言うと、ライラは少し困った顔になった後溜め息を吐いた。

「…………はぁ〜しょうがないですね、お師匠様は。お師匠様のお顔に免じて今回は許してあげます。でも次はないですからね」

腰に手を当て片方の手でビシッとこちらを指差してそう言うと、ライラは消えた。

ライラは遺体の洗浄、縫製、修復などを担当してくれている子だ。そしてこれまでに死んでいってしまった子達の遺体と墓所の管理もしてくれている。僕にとって欠かせない存在だ。

ただ一つ難点なのはライラの魔力特性によってライラが触れた遺体は稀に自我を持つことがある。要はゾンビ状態になるのだ。

そういったことになっても絶対に動かないように遺体は強度の非常に高い透明の糸でギチギチに巻かれ固定されている。

その糸は遠目で見ればなんの問題も無いが近くで見ると違和感を感じる程度には存在感があるので、下手に遺体の側に寄らせると要らぬ争いを生む可能性がある。だからライラは僕が彼を遺体に近寄らせたことに怒っていたのだ。

まあ無事に許してもらえたようだが。

そうこうしていたら、上から降りてくる足音が聞こえてきた。

「食事はお気に召したかね?」

「あ、ああ、美味しかった。ご馳走様。それで、食器などはどこに運べば………」

彼は階段を降りながらそう尋ねてくる。

「ああ、そのままでいい。こちらで片付けておくから問題無いよ」

「……分かった。それで、話ってなんだ?」

なんだか釈然としない様子だったがまあ良いだろう。最早彼が自然と座るぐらい定番となった場所に対面して座る。

「さて、ロベルト・アーゼンハイド」

「……!」

これまで僕はずっと敢えて彼の名前を呼ぶことを避けてきたが、これから真面目な話をするのだという切り替えに使わせてもらう。

「君は、スティリア・アーゼンハイドを殺した奴が誰かをもう知っている。そこで一つ提案だ。僕達に依頼をしてくれれば、復讐を代行、もしくは君の復讐の手助けすることが出来るが………どうする?」

彼は僕の提案に少し戸惑っているようだった。

それはそうだろう。

今僕の目の前にいるロベルト・アーゼンハイドという人間は規律規範規則とにかく決められたルールに忠実に生きている。

それはアーゼンハイド家の家風もあるにはあるだろうが、何より彼自身の素直さ、実直さによるものが大きいだろう。

そんな彼が復讐という手段を講じるかと問われれば、彼を少しでも知る人間ならば大半が「否」と答えるだろうな。

さて、どうする?

「…………」

彼は真剣に悩んでいる様子だった。

だが意を決したかのように顔を上げると、もうそこに迷いは無かった。

「復讐は、しない」

強く言い切ったその言葉は紛うことなき本心。

「そうか、分かった。ではこの話はこれで終わりだ。スティリア・アーゼンハイドの遺体は3日以内にアーゼンハイド家へ送らせていただく。構わないか?」

「あ、ああ……大丈夫だ。両親には私から話を通しておく」

僕が引き下がったのを見て彼は少し面食らったような顔をしていたが直ぐに持ち直した。

大抵こういう依頼を受ける系のところは何がなんでも金の元になる追加依頼というものは欲しがるものなのだ。これまでも似たような経験をしてきたのだろうか、可哀想に。

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