41. 夜の死闘

 切断された魔物の脚は、即座に再生を始める。

 直後――ヴァイルに続いて現れた男が、音すら追いつかない速さで大剣を振るう。


 成人男性ほどもある長さの大剣を二振り。

 その重量をまるで感じさせず、瞬きの間に蜘蛛の脚はすべて切断されていた。


 男が止めを刺そうとした、その瞬間。

 蜘蛛の体は黒い霧と化し、夜の闇に溶けるように消えた。


「やりましたかね?」

「……いや、逃げられたな」


 大剣を肩に担いだ男は、背丈がゆうに190センチを超え、常人の倍はあろうかという太い腕をしていた。

 一目でわかる。

 とんでもない強者だ。


『父さんっ!』


 セシルが叫ぶ。

 やはり、この男はセシルの父――ゲイルだ。


 フィオナと入れ違いに“ゲート”から現れたのは、ゲイルとヴァイル、そして男女1名ずつの隊員。

 計4名。

 ヴァンガードの調査隊だ。

 彼らはこの滅びゆく過去のノクセイアに来ていたのだ。


「おい、坊ちゃん。状況を教えてくれるか?」


 ゲイルの問いかけに、カイムは答えない。

 リリの亡骸を抱きしめたまま、微動だにしない。


 沈黙が場を支配する。

 誰も言葉を挟まない。

 目の前の少年が、今しがた大切な存在を失ったことを、皆、理解していた。


「……やべえのがいるな」


 空を仰ぎ、ゲイルが呟く。


「魔物……でしょうか?」


 女性隊員が問いかける。


「いや、人間だ。お前ら、遭遇しても相手はするな。――特に倅」

「あ? 俺が負けるって言いてぇのか?」

「そうだ」


 ヴァイルは忌々しげに舌打ちするが、それ以上は反論しなかった。

 父の判断を信頼しているようだった。


「二手に分かれるぞ。俺が“アレ”を引きつける。お前らは3人で魔物を掃討しつつ、生存者を探せ」


「お待ちください、隊長! お一人だけでは――」

「おい、ロウ。俺が信用できねえってのか」

「い、いえ……そういうわけでは……」

「なら決まりだ」


 そう言い残すと、ゲイルは大きく跳躍し、崩れた天井から夜の闇へと飛び出していった。


「はあ、無茶苦茶だ」

「相変わらず素敵……」


 ヴァイルは苛立ち混じりに舌打ちをする。


「……ん? あいつ、どこへ行きやがった」


 気づけば、カイムの姿が消えていた。

 そこには、リリの亡骸だけが残されている。


 ヴァイルは黙って自分の外套を脱ぐと、そっと彼女の小さな体にかけてやった。

 その光景を、2人の隊員は言葉もなく見つめていた。




「ひいいっ!」


 場面が再び、街を蹂躙する襲撃者へと切り替わる。

 男が手をかざすたび、空間に真っ黒な穴が開き、人も物も吸い込まれていく。

 まるで、ブラックホールだ。


「ハハハハハ! 泣け! 喚け! もっと絶望しろ!」


 狂気に酔いしれる男。

 そこへ、巨大な刃が高速で飛来した。

 大剣は真っ直ぐ胴を捉える――だが、寸前でピタリと静止する。


 次の瞬間、神速で迫る影。

 ゲイルだ。

 彼は静止した大剣を掴み、力強く薙ぎ払った。


 鮮血が飛び散る。

 すかさず返す刃が追撃を繰り出す――しかし、見えない圧力に押し留められ、動きが止まった。


「ぬうっ……!」


 全身を押さえつけられるように、ゲイルは膝をつきかける。


「フンッ!」


 気合と共に力を振り絞り、拘束を弾き返す。

 すばやく後退し、体勢を立て直した。


「ほう……中和するか」


 襲撃者は感心したように呟くが、その顔には余裕が浮かんだままだ。


「てめえ、一体ナニモンだ?」

「さあ……どう表現すればいいかな。古代人、とでも言えば分かりやすいか」

「古代人だぁ!? 確かに俺にとっちゃ、ここは古代なんだがな!」


 ゲイルが再び間合いを詰める――直後、進路上で爆発が連鎖した。


「うおっ!」


 咄嗟に急停止し、爆炎を躱す。

 だが次の瞬間、周囲の空間で爆発が連続的に起こり始めた。


 爆炎をかいくぐりながらも、ゲイルは反撃の糸口を見出せない。


「くっ……!」

「やはり“視えて”いるな。面白い……なら、これはどうだ?」


 襲撃者が片手を掲げる。

 虚空に黒い球体が出現し、空気も瓦礫も凄まじい力で吸い込まれていく。


 小さなブラックホール――。

 ゲイルは大剣を地面に突き立て、その吸引に抗った。


 ――耐えきれない。

 地面ごと抉り取られ、黒い球体へと吸い込まれていく。


 ――だが、それは幻影。


 背後を取ったゲイルが、迷いなく剣を振るう。


 一閃。


「がっ……!」


 膝をついたのはゲイルの方だった。

 見えない何かに腹部を深々と裂かれ、血がどくどくと溢れ出す。


「クハハハ! 惜しかったなぁ! いけると思ったか? 雑魚は雑魚らしく、足掻くだけ無駄だったなぁ!」


 襲撃者は余裕の笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄る。


「さあ、どうして欲しい? 肉団子にしてやろうか。それとも跡形もなく消してやろうか?」


 冷たい声とともに、男の掌がゲイルへと向けられる。

 死が迫る。

 その刹那――。


 上空から無数の巨大な氷槍が降り注いだ。

 地を穿つ轟音。

 砕け散った氷片が霧のように広がり、視界を覆う。


「……チッ。逃げたか。まあいい」


 霧が晴れたとき、そこにゲイルの姿はなかった。

 血の匂いだけを残し、襲撃者がひとり、薄笑いを浮かべて立っていた。

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