27. 氷の罠

「よお、遅かったじゃねえか」


 アルカナ社にたどり着いた俺たちを待ち受けていたのは、ヴァイルだった。

 それ自体は、予想通りだった。

 ……けど、目の前の光景には、さすがに言葉を失った。


 アレンを含む、ヴァンガードの一隊が彼の前で、壊滅していたのだ。

 アレンは膝をつき、肩で息をしている。

 見るからに満身創痍だ。


「兄さん……」


 セシルは、前を塞ぐ兄をじっと見つめている。


「セシル……それに、ソウタ君か」

「アレンさん! 大丈夫ですか!」

 

 慌てて駆け寄ると、アレンはかすれた声で言った。


「気を……つけろ……」

「え?」

「俺の……知ってる……彼の強さじゃない……」


「アレン、お前、隊長なんだってな? 随分と出世したもんだ。だが、俺1人相手にこのザマじゃあな」

「そう……だな。先代……君の父上には顔向けできないな……」

「デスクワークばかりで腕がなまってんじゃねえのか」

「返す言葉もないな……。君の方は……変わらないどころか、さらに……磨きがかかっている。それだけに……残念だ」

「悪いな」


 アレンはかなりの実力者のはずだ。

 それなのに、彼も他の隊員も、こうも簡単に……。

 

「で、今度はそっちの2人が相手か」


 ヴァイルの視線が、再び俺たちに戻ってくる。


 俺はギアを構え、マナを込めた。

 この前の訓練用とは違う。

 今度こそ――。

 

「兄さんは、私が1人で相手します」


 セシルが前を向いたまま言った。


「ソウタさんは、この先に行ってください」

「ダメだ、1人じゃ危険だ!」

「大丈夫です。行ってください」


 はっきりと、強い口調で言い切る。

 その目に、迷いは一切なかった。


 けど……アレンでも勝てなかった相手だ。

 2人で戦う方がいいに決まってる。


「オイオイ、勝手に話を進めんなよ」


 ヴァイルが嘲るように言い放つ。

 そして――。


「俺がいる限り、誰も通さねえ」


 白と黒、2振りの剣を同時に構える。

 一切の隙がない。

 まるで壁だ。


「侮っているのは……兄さんの方です」


 セシルも剣を構えた。

 白銀の刃。

 透明感すら感じるその姿に、同じく隙はない。


 2人の間に、俺が入り込む余地は――無い。

 握ったギアが、そう告げている気がした。


「どうせ……話す気なんて無いんでしょう。父さんや、他の皆に何があったのか。兄さんがなぜ、こんなことをしているのか」

「だったら――」


「私が兄さんを叩きのめして、力づくで……聞き出します!」


「……言うじゃねえか」


 次の瞬間。

 二人はほぼ同時に踏み込み、刃と刃が激しくぶつかり合った。


 俺がここに居ていい戦いじゃない。


 ――行くしかない。


 俺は振り返ることなく、上階へ続く階段に向かって走り出した。



 

 延々と続く階段を、ひたすら駆け上がる。

 息が上がり、足が鉛のように重い。

 建物の大きさから覚悟はしていたが、実際にこうして上がってみると、想像以上にきつい。


 おそらく、動力源はあの空の“ゲート”に使われているんだろう。

 エレベーターは停止していた。


 道中、人の気配はない。

 避難は完了しているらしいのは、せめてもの救いか。


 ――本当に、この先で合ってるんだろうか。


 勢いよく飛び出したはいいものの、明確なゴールは分からない。

 けど、立ち止まるわけにはいかない。

 迷いを振り切り、ただひたすら上を目指す。


 ようやく階段の終わりが見えた。

 最上階、だろうか。


 目の前に現れたのは、重厚で高級感のある両開きの扉。

 呼吸を整え、ゆっくりと押し開けた。


 ――そして、確信する。


 ここで正解だ。


「やあ……やっと来たね。待ってたよ」


 部屋の奥に、カイムが立っていた。


「カイム……」

「1人かい? ヴァイルは……妹とじゃれ合ってるみたいだね。彼は心配性だからね」


 軽く肩をすくめ、悪びれもせず微笑む。

 その顔には、街の惨状など微塵も気にかける様子はない。


「今すぐ……やめろ。街が、メチャクチャになってるんだ!」

「街? ああ……あれか。多少、魔物が入り込んだだけだよ」


 カイムは、まるで面白くもなさそうに、片手をひらひらさせた。


「この程度、自分たちで何とかできなきゃ困るよ」

「それより――」


 カイムがふっと微笑む。


「もう一度、聞くよ。僕たちと一緒に来る気はないかい? もうすぐ、女神の元への“ゲート”が完成するんだ」

「……断る」


 迷いは無かった。


「こんなやり方で辿り着いて、女神に歓迎されるとは思えない。俺は……俺たちのやり方で、女神を目指す」

「変わらないね。……残念だ」


 カイムが肩をすくめる。


「君は女神に会って、どうしたいんだい? 何か、お願い事でもするのかい?」

「お前には関係ない。……ただ――」


 ギアを構え、マナを込める。


「お前に……女神を殺させるわけにはいかない」


 空気が一変する。

 皮膚が粟立つ。


 ――来る。


 次の瞬間、足元から巨大な氷の槍が突き上がった。


「くっ!」


 咄嗟に跳躍する。


 着地する間もなく、今度は前方から無数の氷の棘が一斉に飛んできた。


 ――躱せない。


 反射でギアを振るい、必死に打ち払う。

 だが、いくつかは避けきれず、服が裂け、肌に鋭い痛みが走る。


「へえ……やるじゃん」


 カイムは余裕の笑みで、こちらを見下ろしていた。


「ヴァイルのお父さんの動きだね。……確かに、彼は凄い剣士だった」


 ヴァイルの、セシルの父親と会ったことがある……?


 一瞬、疑問が頭をよぎる。

 けど――考えている暇なんてない。


 上下左右、全方位から襲いかかる氷の攻撃。

 ノーモーション。

 隙もない。


「くっ……!」


 必死で身を捩り、躱し、ギアで弾く。

 だが、反撃の糸口がつかめない。


 汎用ギアの性能には助けられているが、この遠距離戦、相性が悪すぎる。

 このままじゃ……ジリ貧だ。


 そんな中、カイムが静かに手をかざした。

 また氷か――そう思った瞬間。


「……あれ?」


 カイムの掌から生まれたのは、これまでとは比べ物にならないほど小さな氷の棘。

 すぐに、霧のように消えた。


 まさか……マナ切れ?


 脳裏に浮かんだのは、千載一遇の好機。

 この瞬間を逃すな――!


「っしゃああ!」


 全力で踏み込み、カイムとの距離を詰める。


 ――その瞬間。


「なんてね」


 カイムの口元に笑みが浮かぶ。


 気づいた時にはもう遅かった。

 目の前、地面から突如、氷槍が噴き出す。


 ――罠か!!


 完全に、読まれていた。

 体勢的にも、反応が間に合わない。

 このままじゃ――!


「っ――!」


 その時。


 サイドから、赤黒い稲妻のような何かが走った。


 視界の端で閃光。

 次の瞬間、氷の槍は粉々に砕け散っていた。


「チッ……誰だ!?」


 カイムが舌打ちする。


「まったく……」


 背後から声がした。


「何、見え見えの罠に引っかかってんのよ」


 振り返る。

 

 そこには――黒と赤のラインが入った、物騒なデザインのレールガン。

 そして、持ち主は、よく知っている顔だった。


「ホント、私がいないとダメみたいね」


 マリアが、そこに立っていた。

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