28. 泣いて謝っても許さない

「マリア……? なんで、ここに……」

「話はあと。――で、あんたがカイムね?」


 マリアはその銃口を真っ直ぐにカイムへ向けた。


「誰だい、君は。呼んだ覚えがないんだけど」

「そっちに用がなくても、こっちにはあるの。泣いて謝っても許さないから――覚悟しなさい」

「……下品な女だ。この場には相応しくない。さっさと退場願おう――」


 言い終わる前に、銃口から雷撃が放たれた。


「っ……!」


 咄嗟に氷の薄壁を展開し、カイムは雷を防ぐ。

 その表情には、明らかな苛立ちが浮かんでいた。


「……やはり下品だ」

「退場させるんでしょ? 同意見ね。時間の無駄だから、行動で示しただけよ」

「凡愚のくせに……調子に乗るな」


 カイムが放つ、無数の氷の棘。


「ソウタ!」


 ――言われなくても!


 俺が前に出て、氷の棘をギアで打ち払う。

 その背後から、マリアの第二射がカイムを射抜く。


 カイムはすぐさま氷の盾を展開し、それを防ぐ。

 だが、その一瞬の隙に、俺は踏み込んでいた。


「はあっ!」


 渾身の一閃を放つ。

 刃がカイムの頬をかすめ、鮮血が散る。


「……やってくれるじゃないか」


 血をぬぐった指先を見つめ、カイムが不快そうに言った。


 いける――。

 2人なら、攻撃が届く。

 勝てる。

 そう確信した、その時だった。


「カイム様っ!?」


 奥の扉から少女が飛び込んでくる。

 桃色の髪。

 見覚えのある顔。


「カイム様……お怪我が……!」


 フィオナ――マリアの元同僚。

 因縁の相手が、カイムの傍らに駆け寄る。


「よくも……!」


 マリアを睨みつけるその目は、怒りと敵意に満ちていた。


「ありがとう、フィオナ。大したことはないよ。それより、クラリスの方は?」

「間もなく平衡状態になると。わたくしの支援も、もう不要かと」

「それは良かった。じゃあ……少し、僕を手伝ってくれるかい?」

「はい、もちろんですわ」


 フィオナは頷くと、再びこちらに視線を向けた。


「カイム様を傷つけた罪、万死に値しますわ」


 彼女はそう言うと、両手を組み、祈るように胸元へ添える。


「フィオナ!」


 マリアが叫ぶ。


「……知り合いかい?」

「いえ……あのような方、存じ上げませんわ」


 マリアの声を切り捨て、フィオナは祈祷を続けた。


 次の瞬間、彼女の体が淡い光を放ち始め、その光は次第に部屋全体へと満ちていった。


「なっ……なんだ、これは……!」


 嫌な予感が背筋を走る。


「教えてあげるよ」


 カイムが不敵に笑う。


「僕のギア――いや、“千年前のギア”と言った方が正しいかな。これは所有者だけじゃなく、周囲のマナも力に変えることができる」

「千年前……やっぱり、お前……」

「でもね、今の時代は女神がそれを制限してるんだ。世界そのものに干渉して、余計なお節介をしてくる」

 

「だから、考えたんだよ。周囲の空間だけでも女神の手の届かない場所にできないかって」

「街のシステムを解析して、訓練用ギアの仕組みも参考にした。それで、女神の干渉を排除する方法を見つけたのさ」


 カイムの背中から、にゅるりと黒い“腕”のようなものが生える。


「――さあ、始めようか」


 その腕を振りかざした瞬間――


 周囲に無数の氷の棘が出現し、俺たちを取り囲んだ。

 さっきまでとは比べ物にならない数と範囲。

 これはもう、避けられない。


「伏せて!」


 マリアの声に、反射的に身を屈める。

 直後、極太の雷撃が俺たちの周囲を薙ぎ払った。

 だが、まだ終わらない。

 半数以上の棘が、雷をすり抜け、なおこちらに向かってくる。


「くっそぉぉぉ!」

「ちょ、ちょっと!?」


 俺はマリアを抱き寄せ、棘の密度が薄い方向へ飛び込んだ。


「ぐっ……!」


 鋭い痛みが、肩と足に走る。

 いくつかの棘が、肉を抉る確かな衝撃。


 強烈な痛みが全身に広がる。


「……バカ」


 マリアがぽつりと呟いた。

 短く、それでも重いその言葉は、俺への感謝の裏返しだと分かった。


 彼女はすぐに俺の腕から離れると、再び銃を構える。


「調子に――乗りすぎよ。少しは反省なさい!」


 放たれたのは、轟音を伴う黒い雷。

 極太の閃光が、カイムへと直撃する。


 爆風が吹き荒れ、マリアの髪と衣服が激しく舞い上がった。


 ……ちょっと、やりすぎかも。

 あれをまともに食らって、無事で済むはずが――。


 心配になるほどの威力だった。


 雷が収まり、煙が晴れる。


 そこに現れたのは――黒くねじれた“腕”のようなものに、包まれるように覆われたカイムの姿だった。


 ゆっくりと、それが解ける。

 中から現れた彼の姿に――俺は息を呑んだ。


 無傷だった。


「そのギア……見かけ倒しではなかったようだね」


 カイムは、なおも飄々とした表情を崩さない。


「――っ!」


 マリアが、食いしばるように再び銃を構えようとする――が。


「……え?」


 彼女のギアと両手が、一瞬で真っ白に凍りついていた。


「何度撃たれても、効かないけどね。ただ……少し、鬱陶しかったからね」


 薄笑いを浮かべ、カイムが一歩、こちらへ踏み出す。


「さて――」


 わざとらしく首を傾げ、言葉を探すように続ける。


「『泣いて謝っても許さない』――だったかな?」


 その顔は、勝ち誇った支配者のようだった。

 カイムが手をかざすと、空中にいくつもの氷の槍が浮かび上がる。


「僕もね……そう言いたいところだけど――」


 微笑みながら、静かに続ける。


「正直、目的以外のことはどうでもよくてさ。君が今、ここで泣いて謝るなら、見逃してあげてもいいよ。フィオナも……悲しむだろうしね」


「……っ!」


 マリアが、怒りをこらえるようにカイムを睨みつける。


「ちなみに、その手……時間が経てば、もう二度と使えなくなるよ」


 ──謝れ。

 負けを認めて頭を下げれば、生き残れる。

 命を守ることが何より大切だろ。

 頼む、マリア、今だけは――


「嫌よ」


 ……だろうな。

 分かっていた。

 こいつが、そんなタマじゃないことくらい。


「そんなことするくらいなら、死んだ方がマシ」


 自ら蜘蛛の糸を断ち切るような、その潔さ。

 もはや呆れるのを通り越して、尊敬すら覚えた。


「そうかい……じゃあ、さよならだね」


 カイムの指が、ゆっくりと握られる。

 空中の氷の槍が、動けない俺たちに向かって一斉に放たれた。


 俺は目を固く閉じ、ギアにマナを叩き込む。

 ――どうにか、なってくれ!


 死を覚悟した、その瞬間。


 氷の槍が、音を立てて――すべて、蒸発した。


「……え?」


 俺も、マリアも、生きてる。

 

 その理由はすぐにわかった。

 両手に違和感がある。

 見ると、いつの間にか俺の両手に見慣れない“グローブ型のギア”が装着されていた。


 そこへ、脳内に直接、通信が響く。


『届いたー? たー坊のギア、できたから送ったよ!』


 どこか間の抜けた――けれど、今は世界で一番頼もしい――ルミナの声だった。

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