24. セラ vs ルミナ

 テスト室からロビーに戻り、結果を報告した。


「……それにしても、テスト室が壊れるかもと心配するのは初めてです。もし壊れたら、圧縮された空間が一気に顕在化して――」

「ど、どうなるんですか……?」

「ここら一帯が消し飛びます」

「……マジか」


 もし、俺がもっと力を込めていたら。

 セラさんの言葉に、背筋が冷えた。


「そうならないよう、十分なマージンを取っていた筈なのですが。もっと空間の拡張と防護壁を強化する必要がありますね」

「す、すみません……」

「いえ。ソウタさんが謝ることではありません。我々の想定が甘かった。ただそれだけです」


 セラさんは表情こそ変えないが、その声に責める響きはなかった。


「ところで……テスト結果、どうですか? 俺のギア、作ってくれますか?」

「はい。マナのコントロールはまずます、出力に関しては規格外です。特性を活かせるギアをご提案できると思います」

「よかった……! じゃあ、お願いし――」

「ちょっと待ったーっ!」


 ルミナが勢いよく割り込んできた。


「ルミナ、どうしました?」

「たー坊のギア、ボクがつくってもいい?」

「……依頼主は私ではなくソウタさんです。彼にお伺いを立てるべきでは」


 セラさんはやれやれとばかりに小さく息を吐いた。


「たー坊、ボクじゃダメ……?」


 いや、そんなに見つめられても……。

 どっちかを選べなんて、罰が当たりそうな贅沢だ。


「ご参考までにお伝えしておきますが」


 セラさんが冷静な声で補足する。


「ルミナは自身の輝く弧月ルミナス・アークを除き、戦闘ギアの受注実績がありません。彼女の設計は、使い手の持久性や安全性を度外視する傾向にありますので」

「ちょっと、セラたん! 今そういうこと言う!?」

「今だからこそです。知らずに決めて後悔されたら困りますから」

「むぅ~……っ」


 頬を膨らませるルミナと、涼しい顔のセラさん。

 どうする……どうすればいい。

 

 助けを求めようと周囲を見渡すが、マリアは心底どうでもいいって顔で窓の外を眺めている。


「セシルは、どう思う……?」

「えっ、私ですか!? えっと……セラさんにはお世話になってるし、でも、ルミナさんのやる気も無下には……」


 無茶ぶりしてごめん。


「颯太――」


 うだうだと悩んでいたら、リゼが口を開いた。

 

「わたしも、ルミナと一緒につくる」

「え? リゼが……?」

「ルミナの理論は、わたしたちの世界の魔法にとても近い。ルミナとわたしなら、颯太を最強にできる」

「マジで……?」

「マジ」


 リゼの確かな実績といえば、俺をこの世界につれてきたことくらいだ。

 だが、それ自体が世界をまたぐほどの規格外の所業。

 十分な説得力があった。


「ルミナは、それでいいのか?」

「もちろん! だって、たー坊がここに来る前から、2人で作ろうって話してたから」

「え? 前から……?」

「うん。 リゼっちがね、『たー坊のマナ量は絶対にすごいから、最高のギアを作りたい』って」

「そんな話を……」


 ここまで言われて、迷ってたら男が廃る。


「ありがとう。ルミナ、それにリゼも。俺のギア、2人にお願いするよ」

「やったーっ! ね、リゼっち!」


 ルミナは嬉しそうにリゼの両手をとり、はしゃいでいる。


「じゃあさ、カッコイイ剣みたいなやつ、頼むよ」

「剣ね、オッケー! 早速術式の作成にとりかかるぞー! マナ消費を気にせず好き放題できるなんて、ワクワクするー!」

「わたしも行く」


 ルミナとリゼは足取り軽く、足取りも軽く奥のラボへと消えていった。

 

 ……俺の命、無視されてないよな?

 なんか最後の一言でちょっと不安になったな……。


「ふぅ……」


 セラさんが、今日何度目かのため息をついた。


「すみません、セラさんを選ばなくて」

「いえ、お気になさらず。最初からルミナに担当させるつもりでしたから。ただ、あなた自身の意思で、あの子を選んであげてほしかったので」

「なぬっ! 真剣に悩んだのに……」

「ありがとうございます、ソウタさん。あなたが、あの子の初めてのお客さんです。……安心してください。ルミナは本物の天才ですから」


 太鼓判ももらったし、信じて完成を待つか。


「ところで、ギアって作るのにどれくらいかかるんですか? 1週間とか?」

「明日には出来上がるかと」

「はやっ!?」

「術式の設計さえ終われば、生産用ギアがすぐに作ってくれます。はりきってますから、おそらく今夜は徹夜でしょうね」

「はあ……嬉しいけど、無理はしないでほしいな」

「よろしければ、今夜はこちらにお泊りになりますか? 明日、完成したギアを直接受け取ってお帰りになるのがよろしいかと」

「えっ、いいんですか!」

 

 ラッキー。

 最初にもらったヴァンガードからの手当てが少しあるけど、心もとなかったから節約できるのはありがたい。


「ぜひお願いします! あ、マリアとセシルも――」

「私は遠慮しておくわ」


 俺の言葉を遮るように言った後、マリアはすっと席を立った。


「え? どうしたんだよ」

「私はリュキアの顧客じゃないし。2人でどうぞ。私は別の宿を探すわ」


 その声には、明らかにトゲがあった。


「……かわいくて、あなたを持ち上げてくれる友達ができて、よかったじゃない、“たー坊”」

「何言ってんだよ」


 ヴァイルと再会したショックが続いているのかもしれない。

 だとしても、その態度はあんまりだ。


「ごめん……自分でもどうかしてるって分かってる。でも……今は1人になりたいの。……ごめんなさい」

「マリアちゃん……」


 マリアはこちらを振り返ることなく出口へと歩みを進めた。


「頭冷やしたら、戻って来いよ。ちゃんと待ってるからな」


 俺の言葉に応えることなくマリアはその場を後にした。

 まさか、このまま……。

 嫌な考えを、俺は必死に頭から追い出した。


 


「もしかしたら、マリアから聞いたかもしれないけど――実は、アルカナからこっちへ来る途中に、ヴァイルと会ったんだ」

「はい……待っている間に聞きました。マリアちゃん、様子が変だったから……」

「あいつ、相当ショックだったみたいだ。自分を頼ってもらえなくて、なのにフィオナとかいう女とつるんでる。混乱するのも無理ないよな」

「フィオナさん……。私、その方のことはよく知らないんです。彼女とマリアちゃんの間に何があったのか、どうしてマリアちゃんが中央を辞めることになったのかも……」

「そうなのか? てっきりそのあたりも知ってるんだと思ってた」

「……大事なことは、あまり話してくれないから」


 その声はどこか寂しげだった。


「セシルは……その、大丈夫なのか? この街にヴァイルがいるんだ」


 彼女だってショックなはずだ。

 むしろ実の兄だし、もっと大きいかもしれない。

 

「……大丈夫、です。あの時、試験会場で兄さんと刃を交えて、分かったから」

「分かった?」

「はい。兄さんは変わっていない。昔のまま、不器用なだけなんだって」

「本気で殺そうとしてたように見えたけど……」

「兄さんは、言葉で何かを伝えるのがすごく下手な人なんです。あの時も、どうすればいいか分からなかっただけ。本気で私を殺すつもりなら、私はもうここにはいません。兄さんは……私のギアだけを狙っていたんです」

「ギアを?」

「はい。私のギアを壊せば、戦えなくなるから」


 セシルは優しく微笑んだ。

 そこには寂しさと、家族を想う温かさが同居していた。

 そんな時――。


霧の妖精ミスティ・フェアリーを破壊したのはヴァイル=ブラントの灰の幻影グレイ・ミラージュでしたね」


 不意に、会話にセラさんが加わった。


「はい。兄がクロスタ博士に依頼したものです。光の屈折を利用して攻撃のタイミングを誤認させる……真っ直ぐになれない兄さんらしい、捻くれたギアです」

「強度が足りず、申し訳ありませんでした。今回修復したものは強度を大幅に高めておきましたので、そう簡単には壊れないはずです」

「ありがとうございます!」

「いえ。私としても、クロスタ博士に負けるわけにはいきませんから」


「えっ、もしかしてお知り合いだったり……?」


 なんとなく、そんな感じがしたので聞いてみた。


「ええ。学生時代の同期です。彼女は首席で、私はずっと2番手……まあ、私が一方的にライバル視しているだけなんですけどね」

「“彼女”!? 女性なんですか、その博士。しかもセラさんと同期ってことは、かなり若い……? 勝手におじいさんを想像してました」

「はい。ソウタさんと同じくらいだと思いますよ。大学の技術科を最年少で卒業した正真正銘の天才です」


 俺の中で、点と点が繋がり始める。


「そんな天才が、ヴァイルのギアを担当している。そして、その博士は最近、職を辞めた。ヴァイルは、アルカナ周辺に出没した――」

「何か、いろいろ関係してそうじゃない?」


「ですね。警戒を怠らないようにしましょう」


 セシルも頷く。

 こんな時に、マリアは何やってるんだよ、本当。


「さて、お話はこれくらいにして。お部屋へ案内しますね」


 セラさんに続き廊下を歩く途中、ガラス越しにラボが見えた。

 ルミナとリゼが、見たこともない複雑な術式をモニターに映し出し、真剣な顔で作業に没頭している。


 2人とも、頼んだぞ。


 まだ見ぬ専用ギアへの期待を胸に、俺は部屋のベッドに身を横たえた。

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