15. エース

 理解が追いつかない――目の前で、何が起こっているのか。

 これも試験の一部……なわけないよな。


「例の指示通り、皆殺しでいいんだな?」

「へぇ……人間ってこんなふうに切れるのか。調整したばかりだし、試運転にはちょうどいい」


 物騒な言葉が耳に刺さる。


 俺が状況を飲み込むより早く、セシルが動いた。

 電光石火。

 腕を持つ男へ一直線に迫る。


 ――瞬きした次の瞬間、男は地面に倒れ、気を失っていた。

 セシルの手には、銀色で透き通るような細身の短剣が握られている。


 あれが……セシルの戦闘用ギア?

 速すぎて、動きが見えなかった。

 さっきの試験とは別次元だ。


「早めに処置できれば、くっつくかもしれません」


 セシルが切断された腕を俺に渡す。

 生々しさに目を逸らしたくなる。

 だが、これが現実だ。


「治療用ギアです。使い方は分かりますか?」


 ――分からない。どうしよう。

 俺が固まっていると、別の受験者が前に出た。


「あの……分かります」


 彼はギアを受け取り、治療を開始する。

 手袋型のそれをはめ、損傷部に手をかざすと光が走り、切断面がゆっくりと繋がっていく。


 ……助かった。


 その間に、セシルは残る二人の男と対峙していた。

 いつもの柔らかい雰囲気は消え、静かに鋭く相手を見据えている。


「セシル=ブラントだな? 二対一で勝てると思うなよ」


 短剣を構える男。

 直後、もう一人が炎を放った。


 セシルは跳躍して躱す――だが、落下地点に短剣の男が飛び込む。


「終わりだな」


 刃が迫る。

 切っ先が体を貫いた――そう見えた瞬間、セシルの姿が霧のようにほどけて消えた。


「なんだと!?」


 男が動揺した隙に、背後から一閃。

 セシルの一撃で昏倒させられる。


「出ました……セシル様の霧の妖精ミスティ・フェアリー!」


 横から声がして振り向くと、治療中の受験生が興奮していた。


「斬られた相手のマナを霧のように散らすギアなんですよ。さらに自身のマナで分身体だって作れるんです!」

「へ、へぇ……詳しいんだな」

「そりゃもう、大ファンですから! 彼女が試験官って聞いた日は、全部受けに来てるんです! ……今日はもう無理そうですけど」


 試験って、そういうもんじゃない気がする……。


「……それはそうと、あなた。さっき触ってましたよね? セシル様の神聖なる……アレを。覚悟しておいてください」

「ご、ごめん……」


 なぜ俺は謝っているんだ。――いや、それよりセシルだ。


「チッ……まったく、役立たずが」


 残る一人は苛立ちを隠さず、手をかざした。


「さっきは誘導用にわざとヌルくしてやったが……今度は当てにいくぞ」

 

 彼の前にいくつもの火柱が放射状に出現した。

 さらに手で薙ぎ払うような動作をする――その動きに合わせて、火柱も一帯を薙ぎ払うように暴れた。


 一瞬だった。

 セシルの短刀がひと振りされると、火柱はまるで霧を裂くように消えた。

 何もなくなった空間を一瞬で詰める。


 勝負は、それで終わった。


 全員無力化――安堵の息が漏れる。

 セシルがヴァンガードのエースだと、これで嫌というほど分かった。


 その時、リンリンくんが鳴った。


『……颯太、大丈夫?』


 リゼだ。

 試験のことを心配してくれてるんだろう。

 ……というか、これ、脳に直接声が響いてくるやつなのか。


「うん、ちょっといろいろあったけど……なんとか。そっちは?」

『大変。魔物が暴れてる』

「えっ……」


 外で何が? 乱入者たちと関係が……?


「リゼは? マリアも一緒なんだよな……大丈夫なのか?」

『大丈夫。マリアが守ってくれてる』

「マリアが……?」


 聖女、だよな? 神聖魔法的な何かで戦えるとか……?


『マリアのギア、すごかった。かっこよくて、ちょっと……怖いくらい』


 マリアも使えるのか……戦闘ギア。何でもありだな。


「セシルさん、外に魔物が――」

「はい。私にも連絡が来ています。行きましょう。すぐに」


「行かせねえよ」


 低い男の声。

 長身の男と、面を被った小柄な人物が立ちはだかっていた。


「だから言ったろ。金で雑魚雇っても意味ねえってよ」


 長身の男の眼は鋭く冷たい。

 面の人物は沈黙したままだ。

 どう見ても敵だ。

 

 ……またセシルに頼るしか――


 そう思ってセシルの方を見る。


 セシルは目を見開いたまま硬直していた。

 まるで、時間が止まったかのように。

 明らかな動揺の中、絞り出すように言った。


「兄……さん?」

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