第10話


 気に入らねぇ。

 はっきりと子賁がいら立った時だった。はっと同時に顔を外に向ける。

「子賁」

 文遠が手に持った朝游と月明を押し付ける。それを腰にぶち込み、子賁は立ち上がった。同時に文遠も立ち上がる。

「…これは」

「どこのだれか知らんがオイタをしに来たらしい。十人以上はいるらしいぞ」

 他人事のような子賁の言葉に文遠が剣を抜いた。

「子賁、逃げろ」

「バカ言え、こういうのを俺の十八番にしたのはあんただろうが」

 言い返し、子賁は月明を抜いた。回廊の幅を考えると朝游では長すぎる。

 庭で吹きあがる殺気と同時に二人は部屋の外に飛び出した。文遠はそのまま庭に飛び降りる。途端に血しぶきが上がった。飛び降りると同時に曲者を一人切り捨てたのだ。

 死体を一瞥し、子賁はかすかに口元をひきつらせた。軽々と剣を一閃させた程度にしか見えなかったが、屍体はほぼ二つに両断されている。

 残骸と言ってもいい有様だ。    

 昔から膂力は化物じみていたが、ただしく武器に乗せるとこうなる。

 腕が鈍るどころではない。

 …敵じゃなくてよかった。いやほんとに。

「お前は表に回れ」

 庭伝いに建物の裏手に向かって走り出した文遠にそう言われ、子賁は回廊を文遠と逆方向に走り出す。

 回廊に飛び込んでくる曲者を次々と切り捨てる。二人を切ったあたりで矢が飛んできたので勢いのまま姿勢を低くし、廊下をすべりながら避ける。その姿勢のままがつんと壁に当たり刺さらず廊下に転がった矢を二の矢を警戒しながら拾う。

 矢は短めだ。恐らく小型の連弩のようなものを使っているのだろう。

 矢じりに鼻を近づけるとツンと嫌なにおいが鼻を突いた。

 毒矢だ。

 そしてこの毒を子賁は知っていた。西域でよくつかわれる毒である。幼いときに苦さで泣きながらこの毒を飲み、毒に体を慣らした経験は忘れられない。

 そして亀茲での習慣のままこの毒の解毒剤を子賁は襟に隠し持っている。毒にも配合がある以上効果があるかどうかは賭けだが、ないよりましだろう。

 子賁はそれを口に放り込んだ。

 握った矢をかなぐり捨てる。そしてまた走り出した。

 この矢に当たれば普通の人間はひとたまりもなく死ぬだろう。

 前殿を覗けは、すでに曹操の周囲を数名の武人が剣戟を構えながら固めていた。いずれも将であろう。当直の武人らしく、体格の抜きんでている者ばかりである。武器は持っているがいずれも平服だ。その囲まれた内側に文官の奉孝もいた。

 本来であれば裏手から曹公を逃がすはずが、ここにいるということは曹公自ら指揮をして迎撃の体制をとっているということである。こういう処からも曹公の気性をうかがい知ることができた。

 しかし。

 鎧をつけていないということは、毒矢に当たれば死に直結する。

 矢が飛んでくるのを逆側の入り口から広間に飛び込んだ文遠が切り落とす。その文遠の背を襲う影に子賁が切りかかる。

 背中を合わせ、互いを守りながら剣をふるう。

 さながら二人で剣舞を舞っているかのようなありさまとなった。

「前殿で剣戟を舞わすとは礼を失するな」

 ばしりと子賁に向かって飛ぶ矢を叩き落しながら文遠がいう。

「何、火事場で礼を守ったら焼け死ぬって話あったろ、あれ春秋だったっけ」

 かがんだ文遠の頭上で子賁が無造作に右足を回す。とびかかる刺客の首に回し蹴りが決まった。

「確かそうだった。後で読み直すか」

 子賁の後ろから襲い掛かる刺客を文遠が両断する。

 やがて背を合わせたまま二人が止まる。一通り攻撃が止んだ、と思ったとき。

 前庭側にあいている入り口から文遠に飛んでくる矢をはっきりと子賁は見極めていた。

 前に三本、やや遅れて二本。曹操を庇わねばならない立ち位置で、三本は払えても残りは避けられない。

 とっさに三本の矢を払った文遠と二本の矢の間に自らの体をねじ込んだ。

 右肩とわき腹に衝撃を受ける。

 あっと小さく文遠が後ろで叫ぶのが聞こえたが、それを振り捨てるように前に駆け出す。

 あと100数えるぐらいは動けるか。

 冷静に考えながら弓をかなぐり捨て剣を持って飛び込まんとしている曲者を前蹴りで一蹴し前庭に飛び出す。同時に身体を舞わすように一回転させて朝游を抜いた。

 頭らしき男がそこにいた。大剣を握りこちらに踏み込んでくる。

 がら空きだな。

 両手に剣を持ち旋回しながら剣先で相手の剣を跳ね上げ、一旦腰を落としぎりぎりまで地面に沈むとそのまま朝游を逆薙に跳ね上げる。相手から見たら一瞬で突いたと思った子賁が消えたように見えただろう。

 胸から首を切られ、曲者が血を噴き上げながら斃れる。生け捕りは無理だったな、と冷静に考えながら腰を伸ばそうとして子賁は崩れ落ちた。

 剣が音を立てて石畳の上に転がった。

 毒が回り始めたのだろう。力が入らない。

 頬を石畳につけ、前殿のほうをぼんやりと見る。

「殿、毒矢です」

 遠くで奉孝が言うのに、剣を一振りして血を払い、鞘に納めた文遠が血相を変えて前庭に飛び降りこちらに駆けよってくるのが霞んだ目に入った。

「文!」

 荒々しく抱き起される。その腕が震えていた。

「子賁、しっかりしろ! 子賁ッ!」

「慎を呼べ、遼、文をこれに」

「ほかにけが人はおりませんか」

「惇と仁は他に曲者が残っていないか徹底的に調べよ」

 騒然とした中、文遠に抱え上げられ子賁は奥の部屋に連れていかれたのだった。


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