第4話
「……ん、起きちまっ……た」
山田と出掛けた二週間後の日曜日。平日と変わらない起床時刻に目が覚めた。
ベッドの上で身体をよじり、大の字に四肢を広げる。弛緩した手足が再びベッドへと沈み込んでいく。
このまま身を任せて寝てしまおうか。そんな考えが浮かんでくる。
そんなタイミングでスマホが着信音を鳴らし始めた。
「……あい」
「おはよーございますっ、先生、寝てました?」
「起きてた……んっ、かろうじて」
「そうですか。今日は予報通り天気もいいので、よろしくお願いします」
「ん~」
朝からハキハキしている山田の声は肩を揺するように、少しずつぼやけた頭を覚醒させてくる。
こちらの様子を知ってか知らずか、山田は事前に決めていた今日の予定を一方的に話し始めた。女子特有の話の道筋が唐突に枝葉に飛んだりこそするが、意見や感情をハッキリ伝えてくるからか山田の話は分かり易い。
「私はこれから準備するんで、先生は……そろそろベッドから出てくれません?」
「……わかったよ」
ベッドを後にしてリビングへと向かう足音が聞えたのか、山田は通話を切った。
「まあ、今日で最後らしいし……行くか」
熱いシャワーといつもより多めの朝食。あとはコーヒーを用意するとしよう。
やましいことはないが、ちゃんとしないと後で面倒なことになりかねないからな。
朝の支度を終え、部屋を後にして駐車場へ向かう。
晴天とはいえ朝は寒い。
愛車はいつも以上に磨かれていて、冬空のように澄み切っている気さえする。
「デートじゃないっての」
誰にともなく言い訳するように呟いてから、車を発進させた。
◇◇◇
「えっ⁉ 先生?」
「よっ」
待ち合わせの公園に到着してから五分ほどで山田はやって来た。
出迎える俺に山田は目を丸くする。
「今日は眼鏡、ないんですね?」
「軽く変装するって言ったろ?」
「へぇ、へぇ~?」
普段はしないコンタクトに髪をかき上げ、ニット帽を被る俺の姿を山田はしげしげと眺めている。
「いいから、乗った乗った。出かける前に仕上げだ」
「はーい」
それから場所を近くのパチンコ店の駐車場に移した俺は山田に変装を施す。
ウィッグとキャップ、サングラスを着用させ毛先を何度か調整した。似合っているとは言い切れないが、違和感はないだろう。いつもと違うイメージの格好を頼まれた山田のスポーティな服装も相まってヤンキー感は否めないが、よしとしよう。
「おー♪ コレが私?」
「これなら遠目じゃ分からないだろ?」
「ですねっ、それじゃ、デート行きましょうか」
「デートじゃないっての」
「ええ~?」
「そりゃ、そうだろ」
グダグダとしたやり取りを続ける俺たちを乗せて愛車は颯爽と走り出した。
◇◇◇
アプリで連絡を取ると、山田はお願いがあると明かしてきた。それはこの車に乗せて欲しいというものだった。
推薦入試で既に進学先を決めている彼女は二月に運転免許を取ろうと考えていた。
マニュアル車に興味を持っていた彼女はこの車がマニュアル車であることに気づき、乗ってみたいと思ったそうだ。とはいえ、そんな機会は普通訪れない。そう思っていたが、俺と関わるようになり、その欲の高まりを抑えられなくなったらしい。
「だって、そろそろコース決めないといけない時期ですよ?」
「そういうのは親御さんに……」
「いま、ウチの両親忙しいんですよ」
「……うん、そうかー」
知人との会話のノリで親のことを口にしかけたが、これはNGだな。一対一で生徒と会話するのは難しいもんだ。
「あっ、家族仲は良好ですよ。単に弟の高校受験が控えてるってだけで」
「あー、そういう感じか」
「そういう感じです」
山田のお願いに対してかわそうとしたが、なんだかんだでこうして付き合うことになってしまった。
「誘っておいてアレですけど、先生の方は大丈夫でした?」
「今年度は大きなイベントはないし、受験シーズンだからな」
「そっちじゃなくて、プライベート。カノジョとか」
穏やかに流れる車線を確認し、チラと視線を向けると、山田はにんまりと笑みを浮かべている。ヤンキー風の格好も相まっていつも以上に憎たらしい。
アプリでのやり取りもそうだが、こうやって乗せられ続けた結果がこの状況だ。
山田は鼻歌交じりにドライブを楽しんでいるようだ。こういう妙に余裕があって
高校生相手にこうも手玉に取られるとは。我ながらチョロい。
軽く息を吐く。
どうしたもんかと悩んでいたけど、決めた。
「いないよ。それに、ちょっと訳ありな生徒の面倒を見ることくらいあったりするもんだろ?」
「へーぇ? そういう風には見えないですけど?」
それはどっちの意味で言ってんだ。
よし、安全運転は保証しよう。けど、
「そっちこそどうなんだ? この前はバッチリ解決ぅ♪ とか言ってたけど?」
煽り返されるとは思ってなかったのか、山田の表情が一瞬固まった。けれど、その口元はすぐに緩み、歯を覗かせた。
「話しても、いいですけど。条件があります」
もしかして、俺はまた乗せられたのか。
◇◇◇
「カレシ取られた挙句、ビンタ食らったの! わたしがっ! そこは逆でしょっ⁉」
「まぁ、上野が無茶苦茶してる気はするな~」
我慢が効かなくなるからタメ口をよしとすること。
それが山田の提示した条件だ。
互いに条件を出しあっていることにおかしさを覚えながら承諾すると、山田はつらつらと語り始めた。
高校二年から同級生と交際しており、三年でクラスが分かれ、山田の推薦が決まると距離が空き始めたそうだ。
「確かに? 気遣い半分、面倒くささ半分で? 放置気味だったけど。けどさぁ~」
ここで急接近してきたのがその男子と現在同じクラスの上野だ。
「私が振られるのは、まぁいいよ。進学のタイミングで
二人の距離は縮まり、先日上野が山田に宣戦布告してビンタをくれたのだという。
「そこで、寂しい想いをさせたとか、そういうのはよくないってさぁ~!」
そのときを思い返しているのか、助手席で山田は悶えている。
「なんで上野がキレてんだ! 上野がぁ⁉」
「まぁ、なんか……主役気取りかよって、気はするな」
「それっ! それだよ! デカいんだよ、アイツ! 態度と胸が‼」
まるで酔っぱらいかのように山田が感情を爆発させる。
態度について山田は他人のこと言えない気もするが。
「なんなんなぁァァッ⁉」
一人で猫の喧嘩を演じるかのように叫び出す山田。
ずっと精神年齢高めな印象だった山田だが、相応に衝動というか熱さは持ち合わせているようだ。
「まあ、確かに童貞特攻みたいなキャラデザだよなー、上野」
話を聞いているうちに頭のなかで上野の姿を思い描いた感想が口から漏れた。
低身長の巨乳はバランスが難しい。バリエーションはさらに難しい。手癖で同じ体型にモデリングしてしまいがちだ。今でも特徴のある体型はつい目で追ってしまう。
「あっ……」
いかん、
「「…………」」
おい、山田。急に静かになるな。そこは傾聴しなくていい。
「なになに? キャラデザぁ~?」
うっさい。にやけるな。肩を叩くな。
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