ててなしご

蒼星絵夏

ててなしご

「おばあちゃ、おばあちゃ。あたしゃ、まだねむとうないけん。なんかおもろう話してくれんの」


ひ孫のくすぐったい戯言である。まさに目に入れても痛くない、可愛いかわいいなのだ。ひ孫の乃愛のあは夏休み期間で、両親とともにこの田舎、K村に帰省している。両親は銀行員で転勤が絶えず、都会勤めで帰省もなかなか難しいそうで、一年の内にお盆と正月の二度くらいしか乃愛に会えない。


「しゃあないのオ、これ聞いたら寝んさいよ」


「うん!学校のえほんはゼーンブよんじゃったけん、きいたことないのんがええ!」


「好奇心の旺盛なじゃのオ、誰に似たんじゃろなア。さてはて、おしっこちびるくらいおもろいお話しょうかねエ。―昔々のことじゃ。今の備前に、あたい、城山杏奈しろやまあんなが暮らしておった。ほんの8か9の齢、今の乃愛くらいの頃じゃったかのオ……」




(以下、城山杏奈の語りが始まりますが、訛りがきつく子供向けにかみ砕いて話しているため、標準語かつ成人向けの文章に直させていただきます。)




 私、城山杏奈は母の手一つで育てられた。父は売れない画家で夜も眠らず一心不乱に描き続けておったところ、志半ばで早くに亡くなってしまった。未だ21の齢であった。売れなくとも素晴らしい画力で尚且つ立派な人格者だったそうで、母は何度も何度も父の話を聞かせてくれた。小さい田舎の幼馴染だから、同じ話が繰り返されることはあっても話が尽きることは無かった。父は絵が大好きで寝るのも惜しんでずうっと描いていたこと、それを傍でじいっと見守っていたこと。父がよく描いていたのは植物であったこと、そのために草花をかき集めたこと。楽しそうに語る母やその話は、私にとっても宝物のようなものだった。けれど、大雑把な母は口臭がきつく鼻を摘んで話を聞いていたのは懐かしい思い出だ。母の生きた話は、どれも綺麗だった。


 父が亡くなったとき、私はまだ母の腹の中にいた。亡くなる直前まで絵を描いており、筆を持ったまま倒れたそうだ。その絵は和室に丁寧に飾ってある。母はこれを己の命よりも大切に扱っており、それに触れようとした何も知らない幼子の私に手をあげたくらいである。他にも父の売れない植物絵があるというのに、どうしてこんな半端な絵を飾るものかと当時は不可思議に思っていた。


 他にも不可思議に思っていたことは多くある。例えば、その絵が日を跨ぐごとに徐々に描き足されているような気がする。毎夜今までなかった墨の線が一つ、二つ増えているような気がするのである。更に物音も聞こえる気がする。「トツン、トツン」と自然ではない何かの音が……。私の家の和室はふすまによって三つに区切られていて、奥から仏間、母の寝床、私の寝床になっている。物音は、未完成の絵が飾ってある仏間から聞こえる。また、明らかに仏間の仏壇の油が減っている。これを母に言うと、「父ちゃんが絵を描きに来はったんやね」と喜ばしそうに言うから、私は何も言えなかった。


 事件は唐突に起こった。大飢饉のために各地で賊が暴れていた時期、私の家にも賊が入ったのだ。ところが、その賊は例の仏間で倒れ死んでいた。村中でかき集めた骨董品や食物を傍らに、大層に飾られた絵を剝がそうとし、転んで頭部を机にぶつけて死んだようだ。警察は事故死とみなし、事は荒波を立てることなく終わった……


 ここからは、私のであるから、あまり本気で聞かないでほしい。当時はただ身近で人が死んだことが衝撃過ぎて、あらゆる違和感に気づくことができなかった。けれども、数十年たったころ、母を亡くし孫が生まれたときに、ふとこの重大な事件を思い出したのである。


 「賊が死んだのは本当にだったのか」


 成熟した私がこのような疑問を持つのは当然だろう。怪奇現象が科学的に説明できないことが分かったのは随分後になってからのことではあったが、ずっとひっかかることがあったのは嘘ではない。


 当時、小さな田舎で流布していたのは幽霊説である。志半ば、絵を描きかけで亡くなった私の父が成仏できず幽霊になった。描きかけの絵を完成させるべく、毎夜毎夜幽霊になって訪ねていたところ、賊に邪魔されたためにこれを殺したというのだ。被害に遭った近隣の人たちは大いに信じ、賊を懲らしめた父を称え祀った。一方、冷静な人々は事故死説を唱えていた。しかし、それはあまりにも偶然にすぎやしないだろうか。私が夜中に物音が聞こえていたことや絵が徐々に変化しているようにも感じていたことを証言していたが、冷静な人々はたかが子供の言うことだと聞く耳を持たなかった。


 私はそんな経験を生でしているのだから当然幽霊説を信じていたし、母もそうであった。




[しかし、今までの話を聞いて違和感を覚えなかっただろうか。]


(▼読者への挑戦。ヒントはすべて出揃いました。ここまで読んで、城山杏奈の想像した賊の死の因果関係を考えてみてください。)





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