第二十六話 VS超級妖(1) 超級の脅威
「フェル。極力相手の攻撃は避けてくれ。溜める」
「わかった。《
フェルが身体に光を纏わせ、超級妖の攻撃を回避する。《栄光の軌跡》によって一時的に動体視力か上がり、フェルは自分に向けられた攻撃のすべてを見切って回避することに成功した。
氷の槍による攻撃が一瞬止まった刹那、月夜が超人的な速度でフェルの背中から飛び出した。その腕には6枚の霊符を纏っていた。
「『龍脈』・"雹魔"」
月夜はさらに赤い霊力を纏わせて超級妖を殴りつける。凄まじい破砕音が鳴り響き、大きな揺れを引き起こした。とてつもない破壊力を持つことは見ただけでもわかるが、月夜はその感触のおかしさにすぐに気づき、急いでその場から離脱する。突如として暴風が発生し、その暴風には氷の槍やら礫やらが含まれている様子だった。急いで離脱したことでなんとか攻撃から逃れると、タイミングを合わせて低空飛行をしているフェルの足を掴んで再び宙へと舞う。
「…フェル。あれ、相当めんどいぞ。ありえん硬い」
「ん。でもやるんでしょ?どうする?」
「…しゃーない、軽く無茶するわ。フェル、大変だが合わせられるか?」
「わかった。1時間なでなででよろ」
「構わん、行くぞ」
その瞬間、月夜を乗せたままのフェルは音速の数倍の速度まで加速した。
『不死鳥』フェル。不死鳥の種族特性により、異様なほどに高い不死性を持つ。それに加えて、その不死性を利用して自身の身体を燃焼・加速させることで、理論上無限に速度を上げることができるのだ。しかし、不死にもリソースの限界はある。速度を上げるということはそのリソースを削ることと等しく、本体の不死性が弱くなるのだ。それでもなお、その不死性と圧倒的な速度から異世界では『炎帝』として、厄災の一柱として数えられていた。
「フェル。今だ」
「ん」
月夜の合図。その瞬間、フェルは月夜を自身の背中から弾き出すようにして身体を捻る。異様なまでの速度が乗り、月夜は十二枚の霊符全てを身体強化へと回し、速度をそのまま威力へと変換する。
当然、超級妖も見ているだけではない。先程からフェルを追いきれずに持て余していた氷槍のすべてを月夜へと向ける。どんなに早くても、正面から来ることがわかれば攻撃は置くだけでいいことを理解しているようで、それだけでも相当知能が高いことがわかる。そして月夜は、自らの命を奪うべく、飛んでくる氷槍を
「っ、おらぁっ!《流星》…"炎翔"!」
わずかな身体の捻りと動きだけで、飛来する氷槍の直撃を回避し、そのまま超級妖に衝突する。霊力によって現れる光により、その姿はまるで流星のようだった。至近距離に生成された氷槍によって身体の表面を抉られながらも、超級妖の肉体を確かに貫いた。超級妖の身体にできた大きな穴。そこに、フェルが無理矢理入り込んだ。妖の身体は修復を始め、フェルを身体に取り込んだ…ように見えた。
突如として超級妖は苦しみ始める。身体のいたるところに割れ目が現れ、そこからは高熱の炎が噴き出していた。不死鳥とは元来、炎を扱う神鳥でもあり、さらにフェルは、鳳凰やフェニックスなど、似たような見た目や伝承を持つ生物が集って生まれた存在だ。フェルが倒れた時、即時に焔を放ってそこから復活する。それも、超高温。その温度は、約4000℃。たとえ月夜であったとしても霊符で身を守らねば重傷となる熱量である。それが内側で何度も何度も発生する。その先は…もうおわかりだろう。
超級妖が黒焦げになり、その中からフェルが飛び出してきた。超級妖は崩れ落ち、討伐が完了された…ように見えた。
**********
「倒…した?」
「っ、あれほどまでに強いのか…!」
「式神…フェルと言ったか。異様だな。あんな化け物はこの世界におらぬ。小僧、お主一体どこで何をしておったのだ…!」
「………来る。レイ!全力防御!」
透子はフェルによって焼かれた超級妖を一人だけまだ注視していた。『妖は完全に消滅するまで死んでいないものと考えらろ』という、月夜の教えを守っていた。だからこそ、その異変にいち早く気づけた。己の直感に従い、即座にレイズハートを呼び出し、全力防御を
「透子!次が来る!転移で逃れるから全員寄れ!」
レイズハートは透子含め全員と一定距離に縮めると、地面に魔法陣を出して魔力を胎動させる。
「《
透子達がその場から姿を消した直後、そこには大量の氷の槍が着弾し、破壊し尽くしていた。
**********
「ギリギリセーフ、といったところか。よくわからんが近くにあったでかい屋敷の目の前に飛んだが、大丈夫か?」
「た、多分大丈夫…だと思う。それより、師匠は?」
「月夜殿なら…むっ、いたぞ。あそこで不死鳥に乗っているだろう?」
「レイ…この距離で背中に乗ってるかどうかは判別できないんだよ…普通に見えないし」
「…透子…といったか。助けていただき、感謝する」
「そういうのいいから。多分師匠もすぐに来るだろうし、迎え入れる準備だけしておけばいいと思う」
透子は、段々とフェルが近づいて来ていることに気づいていた。それと同時に、先ほどよりも妖力は小さいものの、確かな力を秘めた巨大な肉塊が、妖力が胎動するするのが見えた。氷の槍が飛んで来るわけではない。だというのに、透子はすでに心臓を掴まれているような錯覚を感じていた。超級という圧倒的強者と対峙したことによる恐怖は少なからず、透子の心の中に巣食っている。だが、師匠である月夜なら、なんとかしてくれるという安心感。このおかげで透子は恐怖に支配されず動くことができた。月夜に対する強い憧れ。これは透子の大きな原動力となっていた。しかし、そんな透子の安心感、そしてなんとかなるという自信は、フェルの背に乗る月夜の姿を見て一変した。
「っ、師匠!」
「あー、大丈夫大丈夫。心配しなくていい」
月夜の姿はとても痛々しかった。直撃は避けたのだろうが、身体中に切り傷ができており、右脇腹は少し抉れているようにも見える。
「で、でも…」
「それより優先することがあるんだよ。包帯くらい自分で巻けばいい。それよりも、だ。土倉家の面々を集めてくれ。あれを討伐するだけなら俺1人でできんことはないが、今は無理だ。万全な状態で手を出すこと、して…まだ先があること。この2つは伝えなきゃダメだ」
「僕が先に伝えてくるよ。月夜殿はゆっくりと休んでいてくれ!」
「和葉さん、助かります。お言葉に甘えさせていただきますね」
月夜はフェルの背中から降りると翼と身体の間に入り込む。フェルは姿勢を変え、月夜が休みやすくする。
「フェル、ありがとな」
月夜は寝転がりながら、フェルの頭を優しく撫でる。フェルは嬉しそうに顔を押し付けてくる。月夜はそれに柔らかい笑みを浮かべると、すぐに真剣な表情に戻る。
(超級の同時襲撃…随分と怪しいものだ。超級は基本自分から人を襲わない。やはり、縁妖凪勿関連か。まだ絶対ではないが、そう考えれば割と辻褄は合う)
超級を操り、襲撃するよう仕向けたかもしれない。ただそれだけだが、縁妖凪勿という人間の考えていることとしては、こちらの手札を切らせ、戦力を低下させることができれば御の字。あわよくば滅ぼしてしまえ、そんなところだろうか。ただ1つ、不可解なことがあった。飛風は狙われる理由が存在するが、土倉が狙われた理由がわからないのだ。あり得る可能性としては陽動…もしくはそう思わせることで戦力を集めさせないこと。凪勿側の戦力が未知数な以上、陰陽師側は迂闊に戦力を消費することはできない。しかし、凪勿側が土倉に超級の中でも上位であろうあの妖を割り振るということは、それだけの危機感を持たせる何か…月夜がいるからだ。月夜による助けが間に合わず、土倉が壊滅してもよし。月夜が間に合ったとしても、月夜に最低限の手札を使わせればそれだけで十分。こちらから仕掛ける手段がない以上、対応は常に後手。最初から不利な状況での戦いを強いられるのはわかりきっていた。
(本当にやりづらいな…保険で雷轟にルーナを置いてきたのは失敗だったか?だがあのタイミングで雷轟に襲撃される可能性もある…ったく、考え出したらキリがないな)
飛風では居合わせた篩が対応、しかも事が有利に進んでいるということは、ここの妖ほど強くはないのだろう。飛風の方は、篩をそこに留めさせる陽動の方が可能性は高そうだ。
「月夜…本当に大丈夫なのよね?ほら、お腹…」
「包帯巻いて自然治癒に任せれば3日で治る。それよりも、今後のことを考えた方がいいと思うぞ。おそらくだが…ここが陰陽師勢力と凪勿側勢力の有利不利を左右する分水嶺だ。その戦いの過程で…あっちの方の山とか地形は破壊される。その処理を考えた方がいいだろう。もちろん、勝つ前提だ」
「っ…そう、ね」
百花はまだ何か言おうとする雰囲気があったが、直前で引っこめてしまう。そんなもどかしい雰囲気に耐えかねたのか、琥珀が百花の背中を押した。
「言わずに終えるつもりか。案外、言って玉砕した方が良いかもしれんぞ」
「で、でも父上…怖い、怖のよ。もしかしたら、もう月夜は遠いところに行っちゃって、手は届かないんじゃないかって。いつかは…触れられなくなるかもって」
「…言ってみなければわからぬ。愛娘の恋路を応援してやるのも、親の役割だ。言ったほうがいい」
「っ、わかった」
(本人目の前にしてその話する〜?ていうか今かよ。タイミング悪すぎだろもうちょい考えてから喋れ)
「ねぇ、月夜…こんなタイミングで悪いとは思ってる。でも聞いて」
「…本当にタイミング悪いな。一応聞いておくよ」
「私は…月夜のことが、好き。友人としてじゃなくて、異性として。だから…だから、私と結婚を前提に、お付き合いしてくれませんか?」
百花は精一杯の勇気を振り絞って胸の内を吐き出す。声も、いつもの威勢のいい声ではなく、弱々しい声だった。百花が勇気を振り絞ったことは賞賛するべきだろう。だが、時には現実を教えてやる必要がある。月夜は内心申し訳ないと思いながら、残酷な言葉を紡ぐ。
「正直言うと、ずっと、ずーっと前から百花の好意には気づいてた。それこそ、6年前くらいから」
「えっ」
「でも当時は、自分は釣り合わないからと、必死に気づかないフリをした。ひたすら鈍感なフリをした。全然隠せてなかったけど、百花は隠してつもりだったみたいだし、黙ってたんだ。その辺りで今の言葉を言われたら、また違っていたかもしれないな。でも、すまん。今の俺は百花の気持ちには応えられない。今の俺には愛する人がいるし、陰陽師に多妻制が認められているといっても、俺という人間の器は2人以上同時に愛せるほど器用じゃないんだ。だから、悪い。俺のことは諦めてくれ」
「っ、ぅ…や、やだ!」
「やだと言われてもな…無理なものは無理なんだ。諦めてくれとしか言えない」
「嫌だ…諦めたくない!」
「顔近いし声でかい。言うなら俺じゃなくてルミナリアに言うんだな。言ったら悪いが俺もルミナリアも独占欲強いから無理だと思うがな」
「そうだぞー、この師匠は隙を作るとすぐ惚気るくらいだから物理的にアタックしないと話すら聞いてくれなーー痛っ!?ちょっ、待っ、れ、霊符で叩かないで!ちゃんと痛いから!ぴえっ、ごめっ、ごめんなさい〜!」
「捏造するんじゃねえよ。ったく…百花、俺に言いたいことがあるなら先にルミナリアに言うんだな。俺は何を言われようと気持ちが変わることはないからな」
「ぐぬぬ…じゃあルミナリアって人のところに連れて行きなさいよ!」
「無理だな」
「え?待って、なんて?」
「無理って言ったな」
「なんでよ!」
「異世界に行くための手段の確保に長い時間がかかるだけだが?俺に文句を言われても知らん」
「うぬぬ…チッ、今はこのくらいで勘弁しておいてやるわ」
「なんで上から目線なんだよ」
月夜が苦笑していると、土倉家邸宅の中から和葉が帰ってきた。
「月夜殿、邸宅の滞在許可が降りた。是非、意見を聞きたいとのことだ」
月夜はその伝言にため息を吐く。和葉もいい気分ではないのか、少し長い顔をしていた。『意見だけ聞かせろ』暗にそう言っているようなものだ。つまり、土倉の連中は
「はあ…和葉さん、案内お願いします」
戦った後に馬鹿どもの相手までしなきゃいけないのかと、月夜は多少の頭痛を覚えたが、考えるだけ無駄であると割り切り、諦めたのだった。
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